建築の役割
建築(住居)の役割とは何だろうか。
さまざまな外乱から居住者を守るシェルターとして、安全と安心をもたらすものであるべきだろう。わが国には地震、台風、洪水などの災害が多い。2016年熊本地震の本震(4月16日)では布田川断層帯で地震が発生した。日本には2000もの断層があるといわれているが、それぞれの断層の活動周期は1000年を超えており、地震発生確率を計算すると非常に低い数値となる。しかし、我が国の主要な活断層のどこかで今後30年以内に地震が発生する確率を試算してみると約96.5%となる[1]。日本全体でみれば、どこかの断層でいつ地震が起きても不思議ではないのである。こうした自然災害に対して、安全で安心できる建築(住居)を提供することが求められている。
熊本地震での建物被害
2016年熊本地震での、死者は50名(関連死を含めると111名)、住家被害は全壊が8,176棟、半壊29,463棟、一部破損130,873棟、計168,533棟となっている(熊本県発表資料9月14日現在)。今回の熊本地震の被害の特徴は、益城町や西原村などの木造住宅に被害が集中したことだ。日本建築学会九州支部では熊本地震災害調査委員会(委員長:高山峯夫)を組織して、各種構造の被害調査にあたるとともに、被害が甚大であった益城町においては悉皆調査を実施した。悉皆調査の結果、全壊した建物の割合は、分析対象建物全体でみると約24%であった。この全壊率は1981年以前の旧耐震基準の建物では40%を超えるが、1981年以降の新耐震基準の建物では大きく減少し、特に2000年以降では6%となっている[2]。2000年以降の建物では無被害の割合が60%を超えており、さらに耐震等級3の住宅16棟のうち、14棟は無被害であったと報告されている[3]。益城町では震度7に相当する揺れが2回連続して発生したにもかかわらず、適切な耐震性能を有していた住宅の被害は小さかった。こうした調査結果から現行の耐震基準の有効性が認められる。
一方で以前から指摘されているように、地震被害を減らすためには旧耐震建物の耐震改修・補強の促進が重要であることが再認識された。益城町の被害が甚大だった県道28号線の南側の地域には分岐断層があったとの指摘もある4)。存在がわかっている断層の近くであっても、「布田川断層が家のそばを通っていることは20年前から知っていたが、どうすればよいかわからなかった・・・」という被災者の無念の声[4]にどう答えていくことができるのだろうか。単に建物の耐震化だけではなく、断層の位置を考慮した都市計画やまちづくりをすすめていく必要がある。
マンションの被害については、マンション管理業協会[5]がまとめている。これによれば、熊本県内では建て替えが必要な「大破」が1棟、大規模補修が必要な「中破」は48棟(約9%)。タイルのはがれ落ちやひび割れなどの「小破」は348棟だった。廊下や玄関ドア、エレベーター、貯水槽といった共用部分の損傷は多数みられた。避難所暮らしや引っ越しを強いられた住民もいるという。大破となった1棟は、昭和47年から56年に竣工した物件で、昭和57(1982)年以降でも中破となっている建物が23棟あった。
Ductility is Damage
被害を受けたマンションがこれほど多いとは驚きだ。
建物の被害調査では大破などの大きな被害に注目されがちであるが、マンション居住者にとっては中破であっても、地震直後には住み続けることが難しく避難所に行くケースも多い。また、補修する場合にも経済的な負担がのしかかってくる。建築基準法が求める耐震性能は大地震では倒壊を防ぐことであり、建物やその内部が被害を受けることはある意味許されている。こうした耐震性能は建築業界内では当たり前だが、一般市民にはあまり知られていない。このことは2005年福岡県西方沖地震の際にも問題となった。当時比較的新しいマンションで非構造部材が大きく損傷したが、構造躯体の被害はなかったため、中破としか認められなかったのである。マンションに住んでいる人からは、耐震建築なのに壁に穴があき、ドアも開かなくなるほど変形するなどということは想像もできなかったという。耐震建築の性能を社会に正しく伝えることが必要だ。
“Ductility is Damage”は、1999年の耐震構造シンポジウムで、米カリフォルニア大学名誉教授のV. V. Bertero先生が力説されていたという[6]。構造物の塑性変形は構造物の損傷そのものである。構造物の塑性変形能力は、構造特性係数で示される。構造特性係数が小さいほど塑性変形能力が高い構造物ということになる。一方、耐震壁などをたくさん用いる設計では構造特性係数が大きくなり、塑性変形能力が小さく、材料もたくさん使うということになる。しかし、熊本地震のとき、壁式鉄筋コンクリート構造での被害は報告されていないのである。大地震は極めて稀にしか来ないから、構造物は多少壊れても仕方がないという発想から抜け出すことが必要ではないだろうか。
避難所は安心か?
法律に適合してはいるものの、ひとたび大震災に見舞われると、住み続けることができないような建物を造り続けていいのだろうか。地震が起きた後も、自宅で住み続けることができることがシェルターとしての役割ではないだろうか。熊本地震では4月14日に前震が発生した後、避難所に行ったり車中で寝ていた人たちも多かった。16日の本震の際には自宅にいなかったために、自宅が倒壊しても被害にあわずにすんだという人たちもいる。こうした行動が、建物被害の割には人的被害が少なかった要因の一つともいわれる。しかし、これまでの震災と同じように避難所の問題も指摘されている。
熊本地震により熊本県内の指定避難所70か所が被害を受け、閉鎖や一部閉鎖の措置が取られていた。そのうち約9割は、建物本体の耐震化と比べ、対策が遅れがちな天井や照明などの「非構造部材」の損傷が原因だったという。避難所として使われる学校の体育館などは、高い耐震性を持たせることが必要ではないだろうか。避難者数はピーク時(4月17日)には約18万3882人に達していた。これは熊本県が把握している人数であり、実際にはもっと多かった可能性もある。熊本市内の避難所は9月15日にすべて閉鎖されたものの、益城町などではまだ避難所での生活を続けている被災者もいる。仮設住宅が建設されて入居がすすむまで避難所は閉鎖できない状態が続いている。
避難所に行く理由としては、
・自宅が倒壊して住めない
・余震が多くて怖い
・一人では不安である
・必要な情報が入らない
・食糧が供給されない
などが考えられる。自宅が被害を受けなければ、避難所で長期にわたって生活する必要はないはずだ。しかし、それ以外の理由で避難所に身を寄せる被災者も多い。そうした人たちが避難所に行くことで不安などが解消できれば良いが、実際には避難所に行かない、入れないという被災者もいた。その理由は、
・余震による揺れや音で、屋内が怖い
・プライバシーが守れない
・ペットがいる
・小さな子どもがいる
・介護が必要、障がいがある
などがあげられる[7]。避難所や自宅が余震で揺すられるたびに、建物が壊れるのではないかという不安、揺れやそれに付随して発生する音に対する恐怖感があったものと思われる。まさしく「市民から怖がられる建築」そのものとなった。その結果、自家用車での車中泊を選択する人たちも多くいた。
自動車は地震の揺れを軽減できるのかもしれない。自動車は車体フレームと車軸との間に、ばねやショックアブゾーバという油の入ったダンパーが取り付けられている。これらは、自動車が走っているときに受ける衝撃や、振動を弱めるためのものだが、地面の揺れを伝えにくくする効果もあるのだろう。自動車の上下方向の固有振動数は1ヘルツ~1.5ヘルツほどと言われている。水平方向の振動数はタイヤの特性によるのかもしれないが、地震波の短周期成分はカットして、揺れを和らげてくるのだろう。まるで免震構造のように。
自宅が地震で損壊しなければ、多くの人たちは地震後ライフラインが復旧した段階で、自宅で生活できたはずだ。そのためには、建物の耐震性能の向上と、十分な備蓄により「避難する必要のない建物(住居)」を目指す必要がある。今後発生が想定されている海溝型の巨大地震や大都市直下での地震では、できる限り速やかに自宅での生活を再開・継続するための取り組みを進める必要がある。震災時に大量の避難者が発生することを防ぐことが重要であり、自助の取り組みを充実させることによって、できる限り避難をする必要のある人を減らすことを目指すべきである[8]。
安心できる建築、免震構造
もう一つの問題は、たとえ建物(構造躯体)が無被害であったとしても、家具が転倒したり、電化製品が落下したりして、家の中は簡単には住めるようにならないことである。家に戻りたくてもすぐには戻れない。そのためには家具は作り付けにするなど、構造躯体だけでなく、住居のなかの安全性を確保することが重要である。
建物(構造躯体)だけでなく家の中身も守ることができるのが、免震構造である。免震構造は地盤と建物の間(免震層という)に、免震部材を設置して、地震の揺れを直接建物に伝えないようにできる。そのため免震層より上にある構造物に被害は出ないし、家具などの転倒も非常に起きにくくなる。熊本県内には24棟の免震構造があり、いずれも免震効果を発揮したことがわかっている(建築討論WEB「熊本地震と免震構造」参照)。熊本地震のときには、免震層が片方向に30cmから46cmほど大きく変形したものの、建物は無被害であり、さらに建物内の家具などの転倒もほとんど起きなかった。免震構造を採用した病院やホテル、庁舎などでは、建物の機能が維持されていた。病院では地震後もすぐに治療にあたることができたし、ホテルも営業を継続することができていた。免震庁舎では地震災害対策を確実に進めることができた。免震マンションに住んでいる方々は、ライフラインが復旧してからは、自宅で通常通りの生活をおくることができており、免震マンションを購入して良かったとの感想を聞いた。免震ホテルの従業員の方から興味ある話を聞かせてもらった。前震のとき自宅で地震を経験し、免震建物では本震を経験した方は、地震のときに聞こえた音が違ったという。耐震建物ではゴォ~というような音が聞こえたが、免震建物ではそうした音は聞こえなかった、と。免震建物では、揺れを低減するだけでなく、音も伝えにくくしているのかもしれない。
まさしく免震構造は、大地震時でも避難する必要のない建物(住居)であり、居住者に安全と安心を提供できる唯一の建築である。
地震調査研究推進本部:活断層長期評価の表記見直しについて(案)
日本建築学会災害委員会:2016年熊本地震災害調査報告会資料、日本建築学会大会(九州)、2016年8月
国土交通省:熊本地震における建築物被害の原因分析を行う委員会報告書(案)
http://www.nilim.go.jp/lab/hbg/kumamotozisinniinnkai/20160912pdf/0912shiryou2.pdf
鈴木康弘ほか:2016年熊本地震を教訓とする活断層防災の課題と提言、科学、岩波書店、2016年8月号
マンション管理業協会:九州地方会員受託マンションの被災状況概要について(第2報)
和田 章:Ductility is Damage、Structure、JSCA、71、1999.7
http://www.akira-wada.com/00_img/article/1999/9903r03_1999_structure.pdf
毎日新聞:「車中泊」続ける、その理由とは
日本建築学会編:逃げないですむ建物とまちをつくる―大都市を襲う地震等の自然災害とその対策―、2015年
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