建築時評
熊本地震と免震構造
The behavior of seismically isolated buildings during the 2016 Kumamoto Earthquake

2016年4月14日午後9時26分、熊本県熊本地方の深さ11キロを震源とするマグニチュード6.5の地震が発生し、熊本県益城町で震度7、熊本市の広い範囲で震度6弱の激しい揺れを観測した。さらに16日午前1時25分に、この地震の震央付近の深さ12kmでマグニチュード7.3の地震が発生した。これらの地震をはじめとして、熊本県熊本地方、阿蘇地方、大分県中部などの広い範囲で地震活動が活発となり、4月30日までに最大震度5弱以上を観測した地震が18回発生している。余震とみられる地震も頻繁に発生している。
熊本県内には工事中の4棟を含め、24棟の免震建物があることを把握している。(表1)これらの免震建物のうち17棟については2016年4月29日~8月18日にかけて調査を行った。残りの建物についても今後調査を行う予定にしている。共同住宅が最も多く、続いて病院、事務所や倉庫である。戸建て免震住宅については残念ながら把握ができていない。震度7の地震が連続して発生した熊本地震において免震構造の建物は一体どうだったのか。免震構造は極めて健全に機能したといえる。8棟の病院や事務所に地震の動きを金属板に引っかき傷をつけることで建物の動きを記録することができる「けがき板」(図1)が設置されており、地震時の動きを確認することができた。いずれの記録も免震構造の今後の発展に寄与する情報の提供であると深く感謝している。

表1 熊本県内の免震建物の概要

表1 熊本県内の免震建物の概要

図1 けがき板の撮影

図1 けがき板の撮影

けがき板から得られた免震建物の動きはどうだったのだろうか。阿蘇市にある病院では、両振幅で最大90cm、片振幅で最大46cm動いた。おそらく両振幅で90cmの動きは世界で初めて記録されたものであろう。熊本市内の事務所では両振幅で最大72cm、片振幅36cmが記録され、その近くにある病院でも両振幅で最大72cm、片振幅38cmが記録されている。菊池郡にある倉庫では、両振幅で最大50cm、片振幅33cmであった。今後も免震建物の地震時の挙動について検討を進めていきたいと考えている。
建物の管理者や使用者への聞き取り調査も行っている。病院、事務所、倉庫では、地震後も問題なく業務の遂行ができたことを喜ばれていた。前震の際にちょうど免震構造の病棟と耐震構造の事務棟をつなぐエキスパンションジョイントの上を歩いていた職員が驚いて飛び降りたと語ってくれた。また他の病院では、余震の際に免震構造がゆっくりと揺れる様子をみて感心したと語ってくれた。共同住宅では、細長い化粧品を立てていたが倒れていなかった、被災した近所の親類が避難してきた、ライフラインが止まらなかったため日常生活を継続できた、と免震構造の性能に満足されている様子を語っていただいた。免震構造だと知っていて入居されていた方の中にも免震構造は揺れないと誤解されている方もいらっしゃるようであった。免震建物は動く。いや、地面が激しく動くあいだ、免震建物は本来の位置に留まろうとしてふわりと動くと表現したい。ゆっくりと大きく動くために船酔いのような感じを与えることもある。地震の際に建物が動く感じは、多少なりとも恐怖心を与えることもあるようである。また、台風のときの揺れが気になるという意見も耳にした。
免震構造にまったく問題がなかったわけではない。外付けの避難階段の損傷、ダンパー取付け基部の損傷、エキスパンションジョイントの損傷などを確認している。この件は、国立研究開発法人建築研究所のホームページの平成28年熊本地震関係特設ページ「第9次調査」(http://www.kenken.go.jp/japanese/contents/topics/2016/index.html)にもすでに掲載されている。外付けの避難階段やダンパーの取付基部の損傷は、損傷部に曲げようとする力が過剰にかかったため起きたものであると判断している。ちょっと思い出してほしい。使った割り箸を半分にするときに引っ張ったり、押したりして半分にするだろうか。割り箸に曲げようとする力を与えて二つに折る。曲げようとする力の影響はかなり大きい。全てのダンパーの取付基部に同様の損傷が起きているわけではない。鉛直方向の圧縮力が作用している箇所のダンパー取付基部には発生していない。ダンパーは基本的に鉛直方向に働く建物の重さを支えることはしない。しかし、免震層が水平方向に大きく変形したときに、圧縮力が作用している部分は対象物が上に伸び上がろうとする動きを抑え、曲げようとする力の影響を小さくしたのだろうと判断している。また、避難階段の損傷もその階段を支えている免震支承に十分な圧縮力が作用していなかったために曲げようとする力の影響が大きくなったのではないかと判断している。これらは設計上の配慮が足りなかった部分もあったのではないかと推定され、今後の課題として留意されていくことを望むものである。
エキスパンションジョイントは耐震建物と免震建物の間に設置された部分や、外部から免震建物への入り口部分に損傷を確認している。免震構造が採用され始めた初期と比べると、建物入り口付近のエキスパンションジョイントは洗練されてきた。完全なバリアフリーを実現し、最近では免震構造ではないかのように思わせるデザインになっているものが多い。しかし、一部では「免震構造は地震の際に大きく移動する」ということが忘れられているのではないかと思われるものもある。免震建物をよく知る人間が口を酸っぱくして伝え続けなければいけないことのひとつであろう。
また、免震層に設置されている地震のエネルギを吸収する部材であるダンパーの変形を確認している。個人的な意見としては、地震のエネルギを吸収して建物の安全を守り、立派に使命を果たした証拠であると判断する。しかし、交換が必要となった場合には出費が必要なため、建物所有者としてはできれば避けたいもののひとつであろう。寺田寅彦が、鎖骨という随筆で次のように述べている。
「鎖骨というのは、(中略)いわば安全弁のような役目をして気持ちよく折れてくれるので、その身代わりのおかげで肋骨その他のもっと大事なものが救われるという話である。地震の時にこわれないためにいわゆる耐震家屋というものが学者の研究の結果として設計されている。筋かい方杖(ほうづえ)等いろいろの施工によって家を堅固な上にも堅固にする。こうして家が丈夫になると大地震でこわれる代わりに家全体が土台の上で横すべりをする。それをさせないとやはり柱が折れたりする恐れがあるらしい。それで自分の素人(しろうと)考えでは、いっその事、どこか〈家屋の鎖骨〉を設計施工しておいて、大地震がくれば必ずそこが折れるようにしておく。しかしそのかわり他のだいじな致命的な部分はそのおかげで助かるというようにすることはできないものかと思う。こういう考えは以前からもっていた。時々その道の学者たちに話してみたこともあるが、だれもいっこう相手になってくれない。(昭和8年1月工業大学蔵前新聞)」
免震建物に据え付けられた免震部材は鎖骨の役割も果たしているのだろうと考える。建物の部材は人体と違って自己治癒能力はない。免震部材は大きく変形したり損傷したりすれば、必要に応じて交換することになる。免震部材の点検は地震発生後に一般社団法人日本免震構造協会「免震建物の維持管理基準」や各部材メーカーの取替基準に基づいて実施されている。今後も適切に運用されることを望んでいる。
熊本地震では今後の課題も明らかになったが、免震構造は地震時の免震性能の低下などの影響は生ずることなく、これまでの地震発生時と同様に十分な性能を発揮したと考えている。残念ながら日本にいる限り地震の被害から逃れることはできないだろう。免震構造が震災被害を低減する一助となることを心から願っている。

謝辞
平成28年熊本地震における免震建物の調査は、一般社団法人日本建築学会九州支部災害調査委員会と一般社団法人免震構造協会の共同で実施しているものである。調査に際して建物管理者や住民の方にご協力頂いた。また、国土交通省国土技術政策研究所と国立研究開発法人建築研究所の調査に同行させていただいたものもある。ここに記して感謝の意を表します。

森田慶子

1962年福岡県生まれ。福岡大学卒業。博士(工学)。現在、福岡大学工学部建築学科助教。

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