古代日本の歴史から導かれた、明快な二つの日本らしさ
<縄文と弥生>
過去の装飾を断ち切り無機質な外観をまとう近代建築に、風土や歴史を反映させることは可能か? 第二次大戦後まもなく世界中で問われたこの難題に対して、日本の建築系マスコミが準備した解答が「縄文と弥生」であった。
縄文と弥生とは、もともと日本史の時代区分用語であるが、日本文化の特質を説明する際にも用いられてきた。戦後日本近代建築において日本的な建築とは何かが議論された「伝統論争」でも両者の対比が用いられ、前者が益荒男ぶり(男性的な力強さ)なのに対し、後者には手弱女ぶり(女性的な繊細さ)が割り振られた。
1950年代半ばの『新建築』誌上で盛んに議論された伝統論争の仕掛け人は編集者・川添登である。川添は、広島平和記念公園を完成させた丹下健三のモダンデザインを高貴で弥生的なものと見傚しつつ、白井晟一を朴訥で野性味あふれる縄文の代表としてプロデュースした。白井は論考「縄文的なるもの 江川氏旧韮山館について」を通じて縄文の魅力を綴っている。
一方、丹下自身は、広島の陳列館の力強いピロティ空間は縄文的とされる伊勢神宮をイメージし、本館の柱梁による繊細な構成は弥生的とされる桂離宮をイメージしていたと述懐し、広島平和記念公園の中に縄文と弥生の対比構造を持ち込んでいた。丹下は、旧東京都庁舎(1957年竣工)などで均整のとれた優美なデザインを追求したが、一方でル・コルビュジエのインドにおける作品群との共鳴から、ブルータリズムと通底する荒々しい建築表現も追い求め、今治市庁舎(1958年竣工)などを実現している。
また、磯崎新の理解に従えば、白井自身の性向は丹下と同じく弥生的であり、震災後のバラックや盛り場の猥雑な景観に人間本来の逞しさや力強さを感じとった今和次郎や吉阪隆正こそが真の縄文的思考の体現者であった[1]。
総じて、縄文と弥生の対比は明快であるものの、語る者の立場によって何が(誰が)縄文的で、何が(誰が)弥生的かが入れ替わりがちであった。この時期、建築以外の分野でも竹内好の『国民文学論』(1954)が盛んに議論され、芸術分野では東京国立博物館で「メキシコ展」(1955)が開催され、岡本太郎が縄文土器を高く評価するなど、伝統に根差した近代化の在り方が模索されていた。1950年代の建築における縄文と弥生の対比は、メキシコやインドにインスパイアされたとはいえ、日本が大きく影響を受けたはずの東アジアの歴史文化を無意識のうちに忘却し、日本国内の歴史要素のみから日本らしさを導こうとする視野の狭い議論に止まった。この背景には、そもそも伝統という発想が西欧的な概念(例えばディオニソス的とアポロ的の対比)に由来し、西欧的な目で非西欧の遺産を表層的に整理することが目的になっていた危険性が高い。極論すれば、20世紀における日本の伝統論は西欧列強と肩を並べるためのツールであり、すぐれて近代的な産物であった。この結果、戦後の東アジアへの贖罪意識(または優越感)とアメリカへの反感(または劣等感)が複雑に絡み合っていた、とも考えられる。
近年でも、「日本らしさ」を求められた新国立競技場コンペ(2015)に提示された二つの案が、陶磁の如き弥生的表現と古墳の如き縄文的表現の対比として注目されたように、「縄文と弥生」は今なお分かりやすい対比として用いられることがあるが、本来は割り切って語れるものではないことも理解しておくべきであろう。
関連作品
新国立競技場コンペの伊東案と隈案
2012年に新国立競技場のコンペが開催され、ザハ・ハディドの案が最優秀案に選定されたものの、紆余曲折を経て仕切り直しとなった。その後に行われたコンペでは、伊東豊雄と隈研吾の一騎打ちとなった。両者の案を比較した場合、前者の雄大な木造の列柱と後者の繊細な木ルーバーに注目すれば、前者が縄文的で、後者が弥生的となろう。しかし、前者の白磁的なスタンドと後者の森に覆われたスタンドに注目すれば、前者が洗練された大陸的(弥生的)デザインであり、後者が土臭いアニミズム(縄文的)デザインと見做すこともできよう。
関連文献
– 磯崎新・藤森照信『磯崎新と藤森照信のモダニズム建築談義』六耀社、2016年
– 五十嵐太郎『日本建築入門』筑摩書房、2016年
建築に関わるさまざまな思想について、イラストで図解する「建築思想図鑑」では、古典から現在まで、欧米から日本まで、古今東西の建築思想を、若手建築家、建築史家らが読み解きます。イラストでの解説を試みるのは、早稲田大学大学院古谷誠章研究室出身のイラストレーター、寺田晶子さんです。この連載は、主に建築を勉強し始めたばかりの若い建築学生や、建築に少しでも関心のある一般の方を想定して進められますが、イラストとともに説明することで、すでに一通り建築を学んだ建築関係者も楽しめる内容になることを目指しています。
イラストを手助けに、やや難解な概念を理解することで、さまざまな思考が張り巡らされてきた、建築の広くて深い知の世界に分け入るきっかけをつくりたいと思っています。それは「建築討論」に参加する第一歩になるでしょう!
順次、新しい記事を更新していく予定です。また学芸出版社により、2018年度の書籍化も計画中です。
「建築思想図鑑」の取り組みに、ぜひご注目下さい。
磯崎新・藤森照信『磯崎新と藤森照信のモダニズム建築談義』六耀社、2016年
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