応募作品
ぼっこでっこ建築隊、houjuへゆく。
Bokko Dekko Kenchikutai goes to 'houju'.

連載第1回/2015年2月8日/設計:生山雅英

五人の男を乗せた白色の中型車が宝塚駅のロータリーをしずかにすべりだした。
ぼっこでっこ建築隊。建築家が設計した住宅に料理と酒を持参し、食事のひとときを通じて住空間をも味わおうと目論むパーティである。ヤベ隊長以下、隊員のブン、オクワダ、オオタ、そしてリョーヘイ顧問からなる。下戸のブン隊員が駆る日産リーフのトランクには、きょうも酒と料理、そしてオオタ隊員のギターが積まれていた。

市街地から坂道に入り、急勾配の捻れたカーブを電気自動車が登り切ったところで突如、銀色のチューブが目に飛び込んできた。生山雅英のhouju。等質に区画され家々が建ち並ぶ一画に、それはまるで場所をまちがえたかのように横たわっていた。

角を丸められたチューブの外側にはステンレスのメッシュが巻かれている。このメッシュは特段の機能を持たない優れた外装材と言えそうだ。ゆるく波打ちながらわずかに光を反射する外皮は硬質なスチールのチューブに柔らかさ、浮遊感のようなものを与えている。それだけで充分な働きだろう。ふと、植物がからんで緑のチューブになったら、と想像してみたが建築家の意図とはちがうのかもしれない。

ドアホンはスチールのプレートに隠されていて、ボタンのところにアクリルが埋め込んである。そのボタンを押した。
「こんにちは、ぼっこでっこ建築隊です」
ほどなく勝手口から長身の建築家が笑顔で現れた。いつもとちがってカジュアルな服装。建主がよそへ移住したあと、生山さんはこの住宅を譲り受け、ひとりで住んでいるのだ。
「ようこそ。こっちから入って」
そのままポーチを左から右に歩き、玄関ドアを開けてくれた。

玄関を入るとすぐにバルコニーの向こうの景色が目に入った。しかしまずは荷物を置き下階へ。断面的には、斜面地にコンクリートが半分埋まり、その上にスチールのチューブが載った構成になっている。階段を下りたところは、将来間仕切り可能なこども室。上階とは対照的に、天井が低く囲まれ感がある。両脇の片引きサッシから谷に面したテラスに出ると、上階のチューブが深く低い軒となって覆いかぶさる。軒天にもステンレスのメッシュあり。全面開口で内外が繋がるのではなく、コンクリートの壁で隔てられていて、それが心地いいスケール感をうみだしている。

隣は主寝室。衣類が整然と並べられていた。さすが生山さん。カウチに無造作に置かれたLeeのジーンズでさえ、計算されているかのようだ。打ち放しのコンクリートが乾いた冷気を放つなか、トップライトと上階床のFRPグレーチングを抜けて光が落ちてくる。つよいコントラスト。穴蔵みたいだ。明け方はどんな光環境になるのだろうか。寝室の脇、階段の下はちいさな物置だった。そこにオクワダ隊員はあるものを見つけていた。

上階へ戻る。チューブは道路側の端に水廻りが配され、その他はワンルームだが、床のレベル差によってゆるくふたつに分かれる。道路側、上の段はキッチンとダイニングで、段を下りた谷側がリビング。そこにはイームズのラウンジチェア。白の革。似合っている。天井と壁は外側と同じく曲面で連続していてモノコック性が強められている。白く塗られたチューブはそのままバルコニーへ延びていく。
室内とバルコニーを隔てるサッシは折戸で全面開放ができる。閉じたときのサッシ枠の多さと引き換えに、開いたときの開放感が選ばれたのだ。手すりの存在感が入念に消されたバルコニーからは、眼下に逆瀬川と宝塚の街を見下ろせ、彼方に山の端が見えた。
室内をふりかえると、どんつきのダイニングはトップライトの光で満ちていた。

さあ、まずはビールで乾杯。キッチンをお借りして料理を皿に盛る。キッチンはオープンでありながらダイニングとは背丈ほどの壁で仕切られていて、冷蔵庫などがうまく隠されている。2口コンロを横使いにしたキッチンカウンタは奥行きが浅い。これは生山さんの得意技。コンロの前には、そこにだけチューブの横腹に細長い窓が切り取られている。この窓は機能的にはなくてもよかったはず。要望があったのかしら。
無窓にみえた浴室と便所を覗くと、ここにもトップライトからの反射光が採り入れられている。ファサードの壁には断じて穴を開けてはいけないのだ。
小物に目をやろう。そこここにならぶスイッチはすべてミニプレート。引戸の引手はぎりぎり指が入る大きさのものがみっつ並ぶ。ツマミの類はどこにもない。このあたりも生山さん好みなのだろう。

ちいさなテーブルを囲んで惣菜をつまみパンをちぎりワインを飲む。この場所にいると、まるで望遠鏡を覗いているように外の景色が見え、すぐそばにトップライトからのつよい光が落ちてくる。独特の採光環境。とても居心地がいい。掛け時計の分針とともにトップライトの光がすこしずつ動いていった。

そのうちオオタ隊員のギターの音色が聞こえてきた。ブン隊員がテーブルを叩いてリズムをとり、ヤベ隊長の歌声がつづく。そして生山さんも歌った。
外の景色が藍色に変わり、室内の電灯が灯ったころ、持参した酒の壜がぜんぶ空になった。
「下にワインセラーがありました・・」
オクワダ隊員がリョーヘイ顧問に耳打ちしたのと、生山さんがワインを掲げて階段をあげってきたのが同時だった。あらたに抜栓。そうして夜が更けたはずだ。

houjuは住宅であり住宅でない。
住宅の機能は、添えられているに過ぎない。上階の水廻りは間仕切られてはいるが、壁は天井までは届かず、チューブを分割していない。ライティングレールもチューブの天井に直付けではなく吊されている。キッチンの吊り戸棚もチューブの壁からは浮いている。下階などは家具で仕切られているだけだ。それがぜんぶなくなったとしても、谷側に全面が開き、道路側にはトップライトしかないスチールのチューブとコンクリートの台座は、本来の姿を失わない。唯一、コンロの前の、チューブの横腹に開けられたちいさな窓だけが住宅であった名残になるかもしれない。
帰路、車内から振り返ると、夕闇に沈んだ銀色のチューブは一瞬、廃墟に見えた。

houju訪問の1年後、生山さんは急に亡くなった。
生山さんは誰かが歌ったあと、かならず「ヤッ!(yeah!)」と景気づけの声をあげた。
このマナーをぼっこでっこ建築隊は引き継いでいきます。

ぼっこでっこ建築隊とは、建築家が設計した住宅に酒と料理を持参し、食事のひとときを通じて住空間をも味わおうと目論むパーティである。
隊員:矢部達也(隊長)、岡文右衛門、奥和田健、太田康仁、石井良平(顧問)

矢部達也

建築家。1965年生まれ。1991年、京都工芸繊維大学大学院修了。1991-95年、坂倉建築研究所大阪事務所勤務。1999年、矢部達也建築設計事務所開設。京都工芸繊維大学、大阪工業大学非常勤講師。

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