1. 福島原発事故と“2020年問題”
福島原発事故の発生から6年が経過した今、被災者の生活再建こそ「加速化」されるべきであるが、逆に、被災者や被災地の実態にかかわらず、避難指示の解除、被災者への支援と賠償の打ち切りが「加速化」されている。
被災者の避難や不安の原因となっている原発事故を収束させ、放射能汚染を解消することによってではなく、原発避難者を消滅させ、原発避難問題を解決済みのものとすることによって、2020年、すなわち、復興期間が終了し、復興庁が設置期限を迎え、東京オリンピックが開催される節目の年までには、福島原発事故を克服した国の姿を形づくることがめざされている(図1)。
筆者の言う“2020年問題”である。
2. 福島復興政策の転換
福島復興政策は、“除染なくして復興なし”との理念のもとに、除染を復興の起点かつ基盤として位置づけた上で、避難指示区域内にあっては「将来的な帰還」、避難指示区域外にあっては「居住継続」を前提として、「住民の復興=生活の再建」と「ふるさとの復興=場所の再生」を同時的に実現することが可能な法的・制度的状態を創造することを目的とする政策である。違った意味での“創造的復興”政策である。
この福島復興政策は、2017年3月をもって大きく転換し、福島県は、「復興・創生期間」への移行から1年遅れの2017年4月から、新たなフェーズを迎えることになった。
第一に、除染特別地域(国直轄除染地域)では帰還困難区域を除く全域において、汚染状況重点調査地域(市町村除染地域)では全域において、復興の起点かつ基盤として位置づけられてきた除染(面的除染)が2017年3月で終了になった。
第二に、除染の終了とあわせて、避難指示区域のうち、帰還困難区域を除いて、すなわち避難指示解除準備区域と居住制限区域において(双葉町と大熊町を除く)、2017年3月から4月にかけて避難指示が解除された(図2)。
第三に、原子力損害賠償紛争審査会は、精神的損害賠償の終期として、避難指示等の解除等から1年間を目安として示しているので、2018年3月で精神的損害賠償が終了になる。
第四に、自主避難者にとって、ほぼ唯一の避難支援策であった応急仮設住宅の供与が2017年3月で終了になった。
以上の福島復興政策の転換を一言で言えば、避難指示区域内の地域では、帰還困難区域を除けば除染が終わり、帰還が可能な程度にまで環境が回復したので、避難指示を解除し、精神的損害賠償を終わりにする、避難指示区域外の地域では、除染が終わり、安心して住み続けることが可能な程度にまで環境が回復したので、応急仮設住宅の供与を終わりにするというものである。2016年10月現在、福島県の避難者は約86,000人であり、そのうち帰還困難区域からの避難者は約24,000人であるので、これらの一連の福島復興政策の転換に伴って、政策的課題としては、約62,000人(うち約29,000人が自主避難者)の原発避難者が消滅し、原発避難問題がほぼ終焉を迎えたことになる。
3. 震災関連死と震災関連自殺
こうした福島復興政策の転換が、被災者や被災地の実態に即したものであれば問題はないのであるが、現実はそうではない。
2016年9月末現在、東日本大震災および福島原発事故の発生に伴う震災関連死は3,523人であり、そのうちの2,086人(59%)は福島県民である(図3)。福島県では、直接死よりも震災関連死の方が多く、特に避難指示が発令された市町村での死者数が多い。また、福島県では、震災関連自殺数も多い(図4)。2016年12月末現在、東日本大震災および福島原発事故の発生に伴う震災関連自殺者数は183人であるが、そのうちの87人(48%)は福島県民である。
このように、福島県において、震災関連死や震災関連自殺が多いことは、原発避難生活の過酷さを示していると同時に、福島復興政策が一人ひとりの被災者の生活再建をしっかりと支えるものになりえていないことを示している。震災関連死や震災関連自殺は、復興の過程において発生した死であり、復興政策のあり方によっては防ぐことができた可能性のある死である。東日本大震災および福島原発事故からの復興に向けて32兆円もの予算が確保され、さまざまな事業が進められている。この膨大な復興予算にもかかわらず、震災関連死や震災関連自殺をとめることができないのである。復興予算の使い方が間違っていると言わざるを得ない。
4. 避難指示の解除後における被災地の現状と被災者・被災自治体の動向
被災者が望んでいることは、何よりも、被災者の生活と被災地の環境が原発事故前の状態に戻ることである。「復興」ではなく、「復旧」である。
では、避難指示が解除された地域の現状はどうか? 原発の安全性には不安が残り、手つかずの水や緑の放射能汚染にも不安が残るという状況である。のみならず、除染後も自宅の放射線量が高い、国による荒廃家屋の解体が遅れているので帰るべき家がない、雇用の場もなければ農業もできない、日常生活に不可欠の医療・福祉機能や商業機能も再生していないという状況である。
表1は、避難指示が解除された地域における住民の帰還状況を整理したものである。2017年3月から4月にかけて解除された川俣町、飯舘村、浪江町、富岡町はともかく、その他の市町村を見ると、ほとんどの住民が市内に避難した田村市都路地区を除けば、どこでも1~3割にとどまっている。これは、復興庁が毎年度実施してきた「原子力被災自治体における住民意向調査」の結果からも予想されたことではあるが、上記のような被災地の実情を踏まえれば、多くの被災者にとっては、自宅や被災地が復旧されていないので、戻りたくても戻れないということを示しているものと思われる。
被災自治体にしてみれば、こうした厳しい現状に直面しているのであるから、本来、復興計画を見直すことが急務の課題となるはずである。しかし、そうした動きがほとんど見られないのは、避難指示の解除後における国の復興政策が被災地の実情に即していないことを反映してのことである。商業環境一つをとっても、ゼロどころかマイナスからのスタートになる原子力被災地では、市場原理がきちんと働くはずがなく、「私有財産の形成に公費の支出は認められない」との原則を適用したままでは、復興に向けた足がかりさえ見いだせない。
5. 複線型の福島復興政策の確立に向けて
現実的には、被災者の生活と被災地の環境を原発事故前の状態に戻すことは不可能である。これは誰もが知っている。
問題は、復旧が不可能であるときに、どのような政策が必要かということである。
現在の福島復興政策では、被災地で除染と復興事業を実施し、被災者が被災地で生活再建を果たすことが可能な法的・制度的状態を創造することがめざされている。この福島復興政策にとって、本質的には、避難指示が解除された地域に、被災者が帰還するかどうかに関心はない。避難指示を解除すること、すなわち、被災者が被災地に帰還して生活再建を果たすことが可能になったという法的・制度的状態を創造すること自体が目的だからである。避難指示を解除した後は、帰還してもしなくても、被災者の人生は被災者が“主体”となって選べばよいということになっている。
しかし、被災地の現状は上述の通りである。そのような中で、「復興」だけが進んでいる。現在の福島復興政策のもとでは、被災者が望むことと、福島復興政策がめざしていることには食い違いがあって、「復興」が進めば進むほど、被災者にとって「復興」はどんどん疎遠なものになっていくという構図がある。福島復興政策の転換は、この「復興」の流れを加速化するものであり、被災者は、生活再建どころか、避難生活さえままならない状況に追い込まれてゆく。
原子力災害は、原因者の存在、被害の広域性と長期性、避難の広域性と長期性をその特質とする。被害と避難が広域かつ長期におよぶため、被災者が生活再建を望む場所は被災地とは限らない。被災者や被災地の実態をしっかりと把握すること、そして、そこから、一人ひとりの生活再建に向けた政策をつくり、実行していくという、「普通のこと」が求められている。帰還か長期避難か移住かにかかわらず、住宅、雇用、健康管理、医療・福祉、賠償など、あらゆる面で、被災者一人ひとりの意思の実現を保障する複線型の福島復興政策を確立することが求められている。
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