建築思想図鑑 第9回
様相論
Modal theory

空間に曖昧さや時間的変化を取り入れ、建築に複雑さを取り戻す試み

<様相論>
原広司は近代建築を成立させた機能主義を、様相論によって乗り越えようとする。様相論は、空間に曖昧性や時間的変化を組み込む理論であり、部分が全体を超える手法の可能性は、いままさに注目されるべきだといえる。
 
近代建築の原則のひとつは、機能主義であった。原広司は、この考え方を乗り越えるために「様相論」を展開した。原の様相論を理解するためには、遠回りに見えるが論理学からはじめるのがよい。
古典的な論理学では、ある命題(文章の内容)が、真か偽という2値のいずれかで示される。しかし、これでは「~は可能である」「~を知っている」といった物事のあり方や認識などの様相を示すことができない。「可能である」ということを「真」とも「偽」とも置き換えられないからである。こうした「様相」の論理は、真と偽以外の値を含めた多値を扱う論理学によって、はじめて展開が可能となった。これが様相論理であり、世界のモデルを古典世界モデルから可能世界モデルへと大きく広げた。
 
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さて、原の著書『空間〈機能から様相へ〉』は、まさにこの流れの建築ヴァージョンだといってよい。機能主義の代表格たるミースをいかに乗り越えるかが、この本の論考群を通底した目的である。すなわち、近代批判とその超克である。原は、非古典的論理(「機能から様相へ」)や東洋的論理(「〈非ず非ず〉と日本の空間的伝統」)を武器に、古典論理的な機能主義と戦ったのだ。
では、様相論とはどのようなものだったのか?原は機能主義に足りなかったものを、建築に取り戻そうとした。その中核が「空間の時間的変化」である。「均質空間」(原はミースのユニヴァーサル・スペース[普遍空間]を均質空間と解釈した)は単純でつまらない。そこで、見えがかり、表情、記号、雰囲気、たたずまいといった、機能で単純に表せず、その時々によって変化する多くの様相(モード)をもっているものが、近代を乗り越えるための突破口とされた。
 
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原はこうした論理展開を建築へと結実させる。その手法のひとつがオーバーレイ(重ね合わせ)である。部分を重ね合わせて全体をつくりだすとき、その組み合わせを決めるには「様相」という全体像が頼りとなる。しかし必ず部分が全体に先行する。重ね合わせでできる「多層構造」は、真か偽で表される単純なモデルではなく、ものごとの境界を曖昧にし、「空間の時間的変化」を建築に内包させる。こうした考えでできた建築の代表例が、ヤマトインターナショナルである。ファサードには様々な要素が部分として見えており、それらが重ね合わされて全体像を形作っている。多層のファサードは、季節や天候によりその表情を変えていく。ギリシャのサントリーニ島の集落とも似ているが、単純に全体像が似ているというよりも、部分が共通しているからこそ似て見えるのである。
 
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近年、ボトムアップ式のまちづくりが注目されるが、原の様相論は部分が全体に先行するというボトムアップ型の思考も先取りしている。世界の集落を参照しながら建築をつくりつづけてきた原の試みは、いまこそ再考されるべきである。機能主義を乗り越えようとした様相論は、近代的思考がそぎ落としてきたかもしれない都市の可能性を、見出すかもしれないからである。


関連作品

田崎美術館(1986年)
原広司+アトリエ・ファイ設計。日本建築学会賞受賞。夏の間だけ開館する軽井沢の美術館。光を反射させながら内部に取り込む入り組んだガラスの配置によって、風景が重ね合わされる効果を感じられる。

photo:松田達

photo:松田達


関連文献

– 原広司『空間〈機能から様相へ〉』岩波書店、1987
– 原広司『住居に都市を埋蔵する―ことばの発見』住まいの図書館出版局、1990
– 原広司『集落の教え100』彰国社、1998


建築に関わるさまざまな思想について、イラストで図解する「建築思想図鑑」では、古典から現在まで、欧米から日本まで、古今東西の建築思想を、若手建築家、建築史家らが読み解きます。イラストでの解説を試みるのは、早稲田大学大学院古谷誠章研究室出身のイラストレーター、寺田晶子さんです。

この連載は、主に建築を勉強し始めたばかりの若い建築学生や、建築に少しでも関心のある一般の方を想定して進められますが、イラストとともに説明することで、すでに一通り建築を学んだ建築関係者も楽しめる内容になることを目指しています。

イラストを手助けに、やや難解な概念を理解することで、さまざまな思考が張り巡らされてきた、建築の広くて深い知の世界に分け入るきっかけをつくりたいと思っています。それは「建築討論」に参加する第一歩になるでしょう!

順次、新しい記事を更新していく予定です。また学芸出版社により、2018年度の書籍化も計画中です。

「建築思想図鑑」の取り組みに、ぜひご注目下さい。

松田達:文

1975年石川県生まれ。建築家。1999年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。隈研吾建築都市設計事務所を経て、パリ第12大学パリ都市計画研究所にてDEA課程修了。2007年松田達建築設計事務所設立。東京大学先端科学技術研究センター助教を経て、現在、武蔵野大学工学部建築デザイン学科専任講師。作品に《JAISTギャラリー》ほか。受賞にDSA空間デザイン賞、いしかわインテリアデザイン賞石川県知事賞ほか。著書に『ようこそ建築学科へ!』(編著)、『建築系で生きよう。』(編著)ほか。

寺田晶子:イラスト

イラストレーター
茨城県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学大学院修士課程修了。
広告や雑誌の挿絵、建築サイン、企業/店舗のVIのイラスト・デザイン等を手がける。
<主なイラスト掲載>
雑誌『新建築住宅特集』、戸田建設広報誌『TC』、書籍『ようこそ建築学科へ!』(学芸出版社)、書籍『図解 東京スカイツリーのしくみ』(NHK出版)、東急ハンズ店内壁画(ライブペイント)、錦糸町駅ビルテルミナ壁面装飾・広告、「京都梅小路・みんながつながるプロジェクト」メインビジュアル など

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