建築時評
KASEIプロジェクト:九州の大学連携による仮設住宅団地支援について
KASEI: 'Kyushu Architecture Student Supporters for Environmental Improvement’ project for 2016 Kumamoto Earthquake

熊本地震の概要

2016年4月14日に最初の熊本地震が発生して10ヶ月が経とうとしている。2度の震度7と7度の震度6以上、半年間で4000回を超える余震[1]と、全てが記録ずくめの内陸断層型地震だった。災害関連死を含めて193名が亡くなり、41,470棟の住宅が半壊以上[2]という被害は、津波が全てを押し流した東日本大震災に比べれば、まだ規模が小さいが、仮設住宅は4,300戸以上が建設され、12,000世帯以上に見なし仮設が提供されている現実は、軽くはない。

震災後の建築的対応:伏線となった「くまもとアートポリス」と「みんなの家」

熊本県では、1988年より建築都市文化推進事業「くまもとアートポリス(以下KAP)」を続けてきた。2011年の東日本大震災の復興支援として、KAPコミッショナーである伊東豊雄さんの発案によって、仮設住宅のための「みんなの家」を熊本県から仙台市宮城野区に送ったことはよく知られているが、この小さなプロジェクトをきっかけに、県は被災地と非常に良好な関係を作って来た。その後も2012年の九州北部大水害時に木造仮設住宅やみんなの家を建設したこともあり、知事以下KAP関係者は、こうした取り組みが被災者の助けになり、一般にも高く評価されることを実感していた。そして東日本の復興に目処が立ってきたタイミングで、熊本地震が発生してしまった。KAP関係者は、誰しも何か運命のようなものを感じたはずだ。
既にメディアなどでも取り上げられてきたが、熊本県は仮設住宅の建設にあたって、従前の仕様や計画の前例にとらわれず、多少建設効率を下げてでも、できるだけ住環境の良い団地を作る努力をしてきた。各団地には集会所としての木造のみんなの家を設置することにして、大小2つの規格型と呼ばれる75棟を建設した。その他に8棟を住民と対話する形で設計、建設し、本格型と呼んでいる。今後別予算で小規模団地に対して数棟を追加してゆく予定である。
しかし、それでも公的な制度を使って整備できることは建築本体に限られている。家具類や、外構整備などの予算はつかないため、なかなか仮設住宅の居住環境が心安らぐものになりにくい。そこで、KAP関係者や大学内での話の中で、東日本の時のアーキエイドのように、大学や学生が協力して住環境の改善活動ができないかという話になった。

福岡でのKASEIの立ち上げ

しかし、熊本市内は大学自体も被災していて、とても新しく組織を立ち上げて動ける状況ではなかった。そこで、福岡市内を拠点に九州・山口の大学をまとめることにして、運営委員会を組織した。ここで活動の名前を「九州建築学生仮説住宅環境改善プロジェクト」、略称を「KASEI」(Kyushu Architectural Students Supporters for Environmental Development)とすることを決めて6月までにメンバーを募り、活動内容や組織のあり方なども決めていった。そして、7月12日にKAPコミッショナーの伊東豊雄氏を招いて最初の実行委員会を開催し、本格的な活動を開始した。

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2016年7月12日に熊本県立大学で開催された第1回実行委員会

KASEI活動の概要

KASEIの大きな目的は、「ものづくり」と「ことづくり」を同時に進めることで、仮設住宅の環境改善を行うことだ。家具や花壇の整備といったハード面と、それをイベント化することで、コミュニティ形成を助けるというソフト面を互いに関連させながら活動している。
また、建築系大学の連合組織にしたことには2つの意味があった。1つは、同時並行で進む活動の情報交換を頻繁に行うことで、ノウハウの伝達やチーム全体としての一体感を作ってゆくことであり、もう一つは、各研究室が計画性なく仮設住宅団地に乗り込むことによる、支援内容の重複や無用の摩擦が生じる可能性を無くすためである。
現在KASEIメンバーには、約60名の教員と80名の学生が実行委員として活動している。その他に各大学には、現地でのKASEI活動に参加する学生が大勢おり、これらを合わせると200名以上は参加しているだろう。仮設住宅の団地数は全部で100以上あり、全てをカバーすることは難しいのが状況だが、各研究室や研究室のグループ単位で担当団地を決めて活動を続けてきている。
KASEIの活動方針は、隔週で運営委員会を開催して問題点を話し合ったり、方向性を決めたりしている。そして隔月で実行委員会を開催して、活動への参加者や関係者の情報交換の場としている。日常的なコミュニケーション手段としては、オフィシャルなものはメーリングリストで流しているが、他にFacebookやLINEといったSNSを頻繁に使っている。学生間のコミュニケーションとしては、SNSの方がはるかに機能しているようだ。

KASEI活動の状況

甲佐町白旗団地

最も早く整備された団地である。109戸の団地には、当初から規格型みんなの家1棟が建設されたが、もう1棟は本格型を建設することになり、そのワークショップにKASEIから九大、熊本高専チームが参加することになった。設計者の渡瀬正記さん、永吉歩さんと最初に行った時に集まった方々は、はじめて他の入居者と話をしたという人ばかりだった。私たちがワークショップを開催すること自体に大きな意味があったわけだ。その後、短期間で設計を進めながら流しそうめん、上棟式に合わせて餅つき、そして竣工式には花壇づくりに宴会と、建築的な取り組みをイベントと絡めることで、団地内のコミュニティ作りに一役買ったことを実感した。最初のみんなの家は、高齢者が集まったり、中学生が勉強する比較的静かな場所となり、新しいみんなの家は、子どもたちの遊び場としていつも使われているようだ。

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甲佐町白幡団地での花壇づくりと新しいみんなの家

西原村小森第1~第4団地

やはり早くから整備された団地の1つである。合計約300戸の団地に7つのみんなの家が整備され、長崎大、九大、西工大、佐賀大の連合チームで対応してきた。ここには、3つの本格型みんなの家が計画され、熊本の地元建築家グループを作って、それぞれ設計を担当した。こちらもワークショップからKASEIが入り、上棟時には餅撒きと焼き芋大会、竣工時には豚汁、植樹、芝植えなどのイベントを行った。ちなみに焼き芋は、KASEIメンバーにたまたま実家が被災して小森団地に住んでいる芋農家の学生がいて、そちらで全て提供してもらったものだ。

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西原村小森団地でのみんなの家上棟を祝うもち撒き

益城町テクノ団地

約500戸という最大の団地で、熊本県立大、有明高専のチームが担当している。仮設住宅の建設を追いかける形で、みんなの家10棟が建設されてはいたものの、鍵の管理者が決まるまでにかなり時間がかかり、しばらくは住民の活動が見えにくい状態だった。しかし、福祉系の支え合いセンター事務所を併設するみんなの家の建設が進んだのと平行して、意見交換や花壇づくりワークショップが開催され、みんなの家の管理者も決まって、一気に活動が活発化してきた。KASEIでは、ペーパークラフト模型製作やクリスマス飾りの製作など、主に子どもたちを対象にした活動を行っている。

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益城町テクノ団地での子どもたちのペーパークラフトワークショップ

大津町室・室南出口、南阿蘇村陽の丘団地

南阿蘇村の一部住民が大津町の仮設に集団移転していて、九大、福大、九工大のチームで担当している。こちらでは、まず住民の要望を聞くことから入り、組手什(くでじゅう)という木製家具製作ユニットを使った家具づくりワークショップの活動を始めた。その後本格型みんなの家の計画が始まり、計画案の検討ワークショップ、餅つき、だご汁づくり、完成式と花壇づくりなどを行っている。

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家具制作木製ユニット組手什を使った花壇作り

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南阿蘇村陽の丘団地でのみんなの家竣工もちつき

その他の団地

紙面の都合で詳しくは書けないが、宇土市境目・高柳と宇城市戸尾は、鹿大・第一工大、嘉島町と益城町小池島田は崇城大・近畿大、御船町東小坂は熊大、益城町安永・飯野小は九工大、益城町木山は山口大・九産大とそれぞれの大学・研究室が担当して活動を進めている。また、関西からも大阪市大・大阪工大が本格的に参加することになった。各団地での活動回数は2017年2月1日現在で73回を数えているが、今後は、これまで活動ができていない団地にも、徐々に広げてゆきたいと思う。

KASEIへの支援

KASEIの活動は、様々な分野の方々に支えられてきた。KAP関係者を中心とした熊本県の方々をはじめとして、震災発生直後から現地に入って、東日本での仮設住宅に関する情報提供をしていただいた東京大の大月敏雄先生、法政大の岩佐明彦先生。各団地やKASEIのロゴマークをデザインいただいた野老朝雄さんと三星安澄さん、緑の専門家である山崎誠子さんなどなど。
現在KASEIで活動するときには、いつも黄色いビブスを着用しているが、野老さんデザインで伊東さんに提供いただいたこのビブスがなかなかいい。現場での認識を高める意味と、KASEIの一体感を作るのに大きな役割を果たしている。これも本当にデザインの力である。
KASEIでは、九州内の建築関連企業などに声をかけて、協賛のお願いをしてきた。また、熊本県を通じて日本財団からの寄付金が使えることとなり、それらを活動資金としている。活動内容は、随時Facebookやホームページで公表しているが[3]、年度末には今年度の報告書をまとめて、支援者を始めとする各所にお送りする予定である。

今後の活動

現在は季節的にも真冬となり、大学も卒業前の時期ということもあって活動も一段落しているが、これから体制の引き継ぎを行って、また各団地での活動を再開する予定である。
また、津波被害を受けた東日本の復興とは異なり、今回は既に本設住宅の建設が始まりつつある。仮設住宅居住者の状況も様々で、あまり仮設は使わずに元の住宅を使い続ける人も多いようだ。KASEI活動の趣旨は、仮設住宅団地の環境改善だが、今後活動範囲を広げる可能性もあるだろう。

  1. 気象庁報道発表資料「平成 28 年(2016 年)熊本地震」の震度1以上を観測した地震の回数 及び震源等の精査結果について (平成28年10月11日)

  2. 消防庁資料、熊本県熊本地方を震源とする地震(第95報) 、2017年2月1日

  3. KASEIプロジェクト ホームページ:http://kasei.kumamoto.jp
    Facebookページ:https://www.facebook.com/kasei2016/?fref=ts

末廣香織

1961年大分県生まれ。九州大学大学院修士課程およびベルラーヘ・インスティチュート建築学大学院修了。建築家としてNKSアーキテクツ共同主宰。2005年より九州大学人間環境学研究院准教授、くまもとアートポリス・アドバイザー。2010年に志井のクリニック、2015年に行橋の住宅が日本建築学会作品選奨。

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