・今なぜ、かたちなのか
タイトルに「かたち」というキーワードをあえて付けています。建築を語る際に「かたち」という言葉を用いることは、フォルマリズム的な表現を志向していると誤解を受けやすく、特に建築によってできる場の使われ方が重要視されている今の日本ではタブーにも近い言葉でもあるかもしれません。しかし、私の興味は、3DCADや施工技術の発展によりあらゆる形態が実現可能になった今の時代に、改めてかたちの効果を考えながら設計したいというところにあります。特に建築の外観のための形ではなく、空間の質に寄与する形の効果に興味をもっています。
ル・コルビュジェがローマの街から円柱・三角柱・立方体・球の形態を見出し、それら幾何学が作る陰影の重なりで建築ができていると分析した有名なスケッチがあります。私は、このスケッチの円柱・三角柱・立方体・球の中でどのような環境が作られるかということに関心があります。空気の流れ方、音の響き方、光の拡散の仕方、そういった環境のパラメーターが空間のかたちによって異なり、空間のかたちをデザインすることで、それらを最適な状態にできるのではないかと思っています。そして、昨今の3Dモデルを使った解析技術の発展により手軽に環境シミュレーションが可能になったこともあり、改めて空間のかたちと空間の快適性について考えながら設計したいというのが、現在の私の設計のテーマです。
・「まるほん旅館風呂小屋」での実践
このような考え方について初めて手応えを感じながら実現することができたのが、「まるほん旅館風呂小屋」というプロジェクトです。まるほん旅館は群馬県の沢渡温泉に400年近くも続いている老舗旅館です。客層の拡大のために旅館のどこかに投資をしたいということで、旅館の様々なエリアの改築案を検討する中で、婦人風呂の建替えをするということになりました。既存の婦人風呂は、入り口のドアを開けると湯気がモクモクと充満しており、換気扇の音が浴室中に響いていました。また沢渡温泉のお湯の質はとても高いと言われ、透明度の高さが特徴なのですが、窓の位置が悪く逆光で浴槽の中が真っ暗に見えてしまっていました。せっかく源泉かけ流しの素晴らしい温泉なのに、建築が温泉を台無しにしてしまっていると感じました。
そこで、換気扇を使わずに自然換気で湯気を排出し、また浴室として快適な光空間をつくるためにはどのような空間のかたちが適切なのかという観点から様々な形態を試しました。空間の流れ、光の拡散の仕方、外との関係、と行ったパラメーターを最適な状態にできるかたちを探すため、大量の模型やCGでの検討を行いました。また環境工学の専門家である東京理科大学の高瀬幸造氏に協力を依頼し、3Dモデルから空気のCFD解析を行ってもらいました。多くの検討の末に曲面の天井で上部にいくほどすぼまるような吹抜けをもつ空間のかたちに辿り着いたのです。
・形の表と裏への効果
建築でかたちをつくるときに問題になるのが、表と裏があるということです。表だけ形をつくり、裏側でその形を隠してしまうと張りぼてになってしまいます。まるほん旅館では浴室の機能から導かれた曲面の天井を2階の湯上り処でも効果的に使いたいと考えました。つまり、曲面天井を作るのであれば、その裏側である2階の床にも曲面の効果を作り出したいと考えたのです。そこで、曲面の床に角材を差し込んでベンチをつくり、カーブした座面に包み込まれるような空間をつくることを考えました。大きな背もたれとなった曲面の床は、トップライトからの光を部屋中に拡散し、休憩処にふさわしいリラックスできる環境をつくることができたと思っています。
・その後のプロジェクトへの展開
このようなかたちの効果、そして形の裏表の二面性ということに可能性を感じ、その後の私たちのプロジェクトで意識的に検討をしています。Fig8は、これまでのプロジェクトや進行中のプロジェクトの模式図です。空気の流れ、音の反射、人の流れや視線の向き、光の拡散など様々な動きのある環境要素を矢印で示しています。静的な状態で建築を考えるのではなく、動的な環境をデザインするにはどのようなかたちが最適なのかという視点で建築空間のかたちを模索していきたいと考えています。
・建築概要
作品名:まるほん旅館風呂小屋
所在地: 群馬県吾妻郡中之条町上沢渡2301
主な用途:温泉旅館
規模:木造2階建て
建築面積:20.49㎡
延床面積:40.98㎡
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