研究室レポート
京都工芸繊維大学 長坂研究室+角田研究室+木下研究室 3研究室合同プロジェクト「造形遺産」
Nagasaka lab, Kakuta lab, Kinoshita lab, Kyoto Institute of Technology

3名の建築家の研究室

長坂大、角田暁治、木下昌大の3名の建築家による3つの研究室が合同で取り組む実践的研究課題についてご紹介します。
京都工芸繊維大学には、設計の実務経験をベースに、実践的な教育や研究をめざす教員が多くいます。アトリエ事務所や組織事務所で経験を積んだ後、自身の設計事務所を構えた長坂、角田、木下の3名が、それぞれの経験を生かして指導にあたっている課題が、「造形遺産」です。

「造形遺産」の命名と発見

日本各地には、使われなくなった道路やダム、トンネルが数多くあります。明らかに工事が中断されたままのものも見かけます。土木工作物がこのような状態に至る背景には、安易な判断でつくられてしまった例、大勢の人たちが知恵を絞り住民説明を繰り返してやっと工事に着手したものの親しまれていない例もあるでしょう。
使われなくなったというだけで撤去するわけにはいかず、そもそも丈夫につくってあるので壊すのは容易でなく、巨大な物体の撤去費用は侮れません。管理者にとってはさぞかし悩ましい存在でしょう。しかし、それらは当初の役割は果たしていなくとも、一定の構造強度があり、特定の目的を果たすための形をもっています。物体として潜在的エネルギーを感じさせるものもあります。
私たちはこうした不遇の状態にある構築物を「造形遺産」と呼び、完成でも廃棄でもない第三の道を考え、取り組むことを課題にしました。建築の分野では、建築物の機能を変更する改修をコンバージョンと呼びますが、造形遺産の課題はその土木工作物版と言えます。
その対象は、できれば一般社会からは見向きもされず、あるいは鬱陶しいと思われ、しかしながらむやみに捨てるわけにもいかず、いざ撤去しようとすると費用がかかる、そういう土木工作物がふさわしいです。たとえば、既に使われなくなっていても、歴史的価値の高い遺跡は、形態を修復して保存した方がいいでしょう。美しい廃墟も手を付けない方がいいかもしれません。風景の一部となった崩れかけの石垣は、新しい美を獲得していることがあります。当初の機能を失っているからといって、すぐに壊さないだけでなく、むやみに手を付けないという判断が大切で、こういう類を造形遺産の対象にはしていません。

縦割りグループでの取り組み

この課題は、大学3年生から大学院2年生までが11の縦割りグループをつくり、グループごとに、造形遺産となりうる土木工作物を探し、その背景をリサーチすることから始まります。まず、対象を発見し、現状と経緯を調べ、造形遺産としてふさわしいかどうかを吟味していきます。
それはかつて、誰がどのような目的でつくり、幾ら建設費を費やし、どのように使われていたのか?使われなくなった理由とは?現在の管理者は?撤去費用は?撤去されずに放置されている理由は? そういった背景を調べるうちに、その土木工作物が置かれた地域の現状や課題もみえてきます。
各グループが全員でリサーチをすすめ、それらを踏まえて、主に大学3年生が上級生の指導を得ながら再活用するための具体的な提案をまとめていきます。
造形遺産の提案は、対象の物理的性質や立地条件等を観察して、対象の一部を改変し、あるいは新しい機能や文脈を加え、それが魅力的な物体に転換するところに醍醐味があります。撤去費用が明らかになっている場合には、その金額を超えない範囲で提案すると社会的な理解を得やすいでしょう。お金をかけて捨てるくらいならこんな活用の道があるということを提案するのです。
そこに残された物体の性質を純粋な眼差しで眺め、その状況を冷静に判断して、可能性を探す。この一連の流れを見極めることが大切なのです。

状況把握能力の育成とギャラリー展示

大学3年生後期から始まるこの課題は、その年度末に11の具体案として提案されます。4年生の前期には、その11案のなかから各研究室がひとつずつ、合計3案を選出し、研究室毎にさらに提案をブラッシュアップさせます。その研究成果を、夏から秋にかけて、京都と東京にあるギャラリーで展示します。展覧会の会場構成を担当するのは大学院1年生です。
大学生は、リサーチ、デザイン、プレゼンテーションという建築設計に欠かせない業務を個人およびグループで取り組むことを経験し、1年後には1学年下の後輩がまとめた案を展覧会という場でディレクションすることになります。
この「造形遺産」は、ひとつの課題を通して、あらゆる角度から実務的な建築設計に取り組むことができる課題なのです。

ユニークかつ実現可能な提案6例

2015年度

姫路モノレール(兵庫県姫路市)

1966年から1979年にかけて稼働していた、約1.8kmのモノレールの跡地。42本の支柱を生かして植物園の遊歩道を整備する。

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KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景 Photo: Kenya Chiba

KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景
Photo: Kenya Chiba

市道弥富相生山線(愛知県名古屋市)

1957年に計画された都市計画道路を、公園の中核施設として再生。工場で生産したユニットを既存の構造体に差し込んで、カフェやギャラリーなどを整備する。

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KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景 Photo: Kenya Chiba

KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景
Photo: Kenya Chiba

伊尾木林道伊尾木線(高知県安芸市)

1904年から1963年まで稼働していた、山間集落の森林鉄道の高架を水道橋として蘇らせる。エリア一帯には体験型の柚子農園を整備する。

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KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景 Photo: Kenya Chiba

KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景
Photo: Kenya Chiba

2016年度

市場大橋(神奈川県横浜市中央卸売市場付近)

東日本大震災により分断され、本来の機能を失った市場大橋。使われなくなった橋を撤去するのではなく、土木ならではの構造や、高架下の魅力を引き出すことで、カフェやギャラリーに変える。

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KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景 Photo: Kenya Chiba

KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景
Photo: Kenya Chiba

権太坂和泉線上品濃トンネル(横浜市戸塚区上品濃町)

高層マンションの足元に建設途中のまま残されたトンネル。高層マンションと周辺の住宅地との関係もちょうどこのトンネルのあたりで分断されている。切り離されたまちの関係をつなぐ、新たなサードプレイスとしてのスポーツジムの提案。

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KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景 Photo: Kenya Chiba

KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景
Photo: Kenya Chiba

北山浄水場(西宮市甲陽園目神町)

1964年に稼働を始め、現在は浄水機能を停止し配水所となった北山浄水場の転用計画。敷地に点在するコンクリート水槽等を再利用、適宜増築を行い、北山浄水場をスパを中心とした浴場施設にコンバージョンする。

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KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景 Photo: Kenya Chiba

KYOTO Design Lab 東京ギャラリーでの展示風景
Photo: Kenya Chiba

今後の展望と可能性

「造形遺産」の課題は、既存の構築物をより魅力的にコンバージョンするという、今日の建築業界が取り組むべきテーマを含んでいます。これまでに学生が経験する計画主体の設計課題とは大きく異なり、素材や構造、工法レベルに至るまで詳細な思考が求められるこの課題は、学生に対する設計教育の題材として最適だと考えています。同時に、社会が抱える問題への働きかけも兼ねています。実際に、西宮市の旧北山浄水場をリラクゼーションスパへと変える2016年度の提案では、西宮市市長から検討を進めていきたいという依頼を受けました。
本課題のリサーチによって、潜在的な日本全国の造形遺産アーカイブをつくることができます。さらに、それらに対する解法も年を経るごとに重厚になります。具体的な提案を蓄積していくことで、将来的にはこの課題そのものが、造形遺産再生のためのハンドブックになり得るのです。

長坂大

京都工芸繊維大学教授。1960年神奈川県生まれ。1982年京都工芸繊維大学卒業。松永巌・都市建築研究所。1985年アトリエ・ファイ建築研究所。1989年京都工芸繊維大学助手。1990年Mega設立。2003年奈良女子大学准教授。2008年京都工芸繊維大学教授。2012年京都デザイン賞京都市長賞。2014年日本建築学会作品選集。2015年第13回関西建築家大賞。

角田暁治

京都工芸繊維大学准教授。1964年京都府生まれ。1989年京都工芸繊維大学大学院修了。竹中工務店設計部。1998年アトリエ・K設立。2004年京都工芸繊維大学助教授。2007年同大学准教授。2010年日本建築学会作品選集。2011年グッドデザイン賞。2015年日本建築学会賞(業績賞)。

木下昌大

京都工芸繊維大学助教。1978年滋賀県生まれ。2003年京都工芸繊維大学大学院修了。C+A。2005年小泉アトリエ。2007年KINO architects設立。2014年京都工芸繊維大学助教。2014年日本建築学会作品選集新人賞。2015年Design for Asia Award Bronze award。2016年東京建築士会住宅建築賞。

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