はじめに:
「台中」は100年の計と言われる町づくりの最中にある台湾第3の都市である。台湾の中でも温暖で安定した気候を有し、都市化しつつ伝統文化や歴史遺産を大切にする町として台湾の若者にも人気が高い。台中人は新しいモノ好きで「気持ち」を重んじ、文化において相乗効果を生む組み合わせを試行錯誤し、新しい事をしようという気運が高い。
経済的合理性やコミュニティーとの調整に気の遠くなるほどの時間を費やすことも多々あるが、いざ結論が出ると電光石火のごとく行動が早い。私は5年前に伊東豊雄氏の台中国家歌劇院のカーテンウォール担当として初めて台中を訪れて以来、今ではすっかり台中市民である。日本で建築を学びアフリカやヨーロッパで建築の経験をして訪れたこの都市に「これから」への期待感を感じる。
<大型都市開発と保存・再生>:
2007年に開業した新幹線台中駅から市内にむけて移動すると平野の先に建設中の高層ビル群が見えてくる。このエリアは台中市の都市計画区・第7期にあたり、2010年10月に落成した新市庁舎や今年9月末に開幕した台中国家歌劇院がある新しい政治・経済・文化の中心地区となっている。町を歩いていると、いたる所で工事現場を見かける。台中市の都市計画は第14期まで計画されており2016年1月に第14期最後の第6工区において起工式が行われた。台中国家歌劇院は台中市の計画として始まり、2014年に決定された中央政府文化部の独立行政法人「国家表演芸術中心」によって運営されている。
運営者は「台中」を芸術の首都にしたいという気概をもって多様な舞台芸術を生み出していこうしている。開幕後は新しい開かれた公共建築に多くの人々が訪れている。
「台中」は2010年12月25日に台中市と台中県が合併して中華民国の直轄市となり人口約260万、面積2214.9km2へと大きな改変を迎え、新しい町づくりへの多面的な研究分析と計画、実践が行われている。
町づくりのリーダシップを取ったのは2002年から2014年まで3期連続で市長を務めた胡志強前市長であり、「台中」は2012年、2013年にスマートシティとしてIntelligent Community of the Year のTop7に選ばれている。町づくりの方向性は2015年の政党交代後も大きく変換することはなく、林佳龍現市長の「大台中123計画」として新たな一歩を踏み出している。
「台中」の都市発展の起点は今から100年ほど遡る日本統治時代の1900年1月6日に公布された「臺中市區設計圖制定」に始まる。台中の歴史的中心はこの日本統治時代に建設された旧市役所・庁舎、台中駅舎、伝統菓子屋など歴史建造物が多く残る直径約5km圏の街区である。町中を流れる川に沿うように南北軸に対して45°回転した碁盤目状の構造をもち、市内で最も人口密度が高い約200人/ha以上の人が暮らしている。老朽化した建物も多く、市役所の移転後からこの地域復興にむけて歴史建造物の保存・再生計画も行われている。これらの計画は市政府主導の民間参加型OT(Operation Transfer)やROT(Rehabilitate Operation Transfer)方式をとっている。入札情報は逐次、台中市財政局のホームページで公開しており文化局が執行機関である。1911年に建設された旧市役所はOT方式により2016年から5年期間でカフェ・ギャラリーとして営業を開始した。この旧市役所の隣の庁舎に入っている環境保護局の車は電気自動車を採用しており、計画に基づいた実践が着々と始まっている。
<民間再生計画の実践>
台湾の水道事業を行う「台灣自來水股份有限公司」の社宅として、1990年代まで約40年間使用された長屋の再生計画に関わる機会を得た。民間事業であるが市のROT方式と近い形で落札業者が土地建物を借り、再生、運営をして返還するというものである。
計画は住宅から文化的商業テナント施設として再生するということ。敷地は毎年秋に屋外ジャズ・フェスティバルが行われる「台中市民広場」傍である。市の国立美術館から延びる文化緑道「草悟道」からも歩いて5分の場所にあり台中の人気スポットである。母校の同期と研究生らと共にワークショップをかねて計画を進めた。文化の発信・交流の場として強化すべく、ミニ・シアターやダンス・パフォーマンス、ギャラリー等のスペースを計画に盛り込んだ。建物の再生にあたっては長屋の性格を生かし、建物内部まで町の路地空間を引き込むため比較的新しく建てられた塀と道路に面する平屋建ての居間の屋根を取り除き、その上部に新しい活動の場となるプラットフォーム兼屋根を架け渡して各テナントを立体的に繋げた。オープン後はすぐに屋外イベントなどに多くの人が訪れた。近隣からの文句も心配したが、自宅の一部を飲物販売所にしてしまった近隣住人もいて、この町のバイタリティーには驚かされる。
事業主は市の都市発展局が主催する「臺中市都市空間設計大獎 生活臺中得獎」を受賞し、台中市長も訪れて青年文化振興イベントが行われた。このような民間事業に対しても市が積極的に関わってくる「台中」の官・民の距離感は町づくりに欠かせない。
<自然と都市の融合>
「台中」は中央政府がある台北市から南に約170km、新幹線で1時間の台湾中部にあり、人口2,762,699人(2016年10月末現在)、新北市、高雄市に次ぐ台湾第3位。土地面積は2214.8968km2あり高雄市に次ぎ第2位、台北市の約8倍、香港の2倍、シンガポールの3倍の広さがある。 東南アジアに面して40kmを超える海岸線を有し、東には高度3000mを超える山があり台湾の東海岸に面する宜蘭県と花蓮県に接している。
都市部は台中盆地にあり新幹線がその中央を貫いている。都市の周りには良好な水田や畑、山側に梨や柿、葡萄など多種の果物が栽培されている。町から山の方へ25kmほど行くと、空気も澄み、蛍も生息する緑豊かな自然が広がっている。
このような豊かな自然と都市を同時に維持発展させるため、以前の台中県にある港湾・空港・産業エリアと2つの区、そして市の中心部に求心的な力を持たせ、それらの地域を円環状の鉄道網で結ぶコンパクトシティ政策をとり、都市域を明確化する事によって里山の自然環境を守り自然資源の保育を強化する戦略を立てている。市内には多くの河川もあり水景と水質の向上も検討されている。
<若者とお年寄りの共同体>
2015年12月末における台中市の人口は2,744,445人、総世帯数は927,901世帯である。平均して約2.9人/世帯で親との同居や子育て家族など1世帯5人以上の世帯数が全体の17%を超え、核家族化はしておらず老若男女、にぎやかな暮らしをよく見かける。
町中の住居において日本の様な戸建て住宅はほとんどなく、1階に店舗が入った4階建て共同住宅が軒を連ねているか、4階建ての長屋、中高層の集合住宅等が一般的である。
戸建て住宅が少ないせいか、各集合住宅ごとに伝統的な年間行事なども行われており、地域コミュニティーが健在である。
現在の「台中」は若者が多い元気な町であるが少子高齢化は避けられない課題である。新興開発地域では歩道が確保されたインフラ整備が行われているが、町中では道路際までお店を出すのは一般的で段差も多くバリアフリーとは程遠い。バリアフリー、介護の問題はこれからの大きな課題である。「台中」の地域コミュニティーを軸にした若者とお年寄りが元気に暮らす「山・海・屯」から「山・海・河・屯・里山・都市」への町づくりが進んでいる。
「人口・世帯統計数量」:内政部戸政司全球資訊網より
「その他各種統計数量等」:台中市政府資料より
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