書評/松山巖 『ちちんぷいぷい』 中央公論新社 2016年6月10日
もしかして俺たち、もう死んじゃってる?
We might have been dead?

01+

松山巖による掌篇小説集である。1篇3000字ほどであろうか、帯に曰く「東京の片隅に棲息する50人の独り言」が、50篇綴られる。
松山巖は東京芸術大学の建築学科の出身である。1984年に『乱歩と東京』(日本推理作家協会賞受賞)で評論家デビューして以来、数多くの著作で知られる。1996年には『闇の中の石』で伊藤整文学賞を受賞、2000年には、『日光』で三島由紀夫賞候補となるなど、小説も手掛けてきた。童話『ラクちゃん』(2002)もある。『うわさの遠近法』(1993)でサントリー学芸賞、『群集』(1997)で読売文学賞、建築論、都市論の展開に対して、日本建築学会も建築文化賞(建築を社会へ拓く多彩な評論活動による建築界への貢献、2012年)を贈っている。また、『住み家殺人事件 建築論ノート』(2004)は、『建築雑誌』の連載(2011~2012年)がもとになっている。

松山巖さんと僕は、松山さんの評論家デビュー以前からのつき合いで、ほとんど全ての著作に眼を通している。『建築雑誌』の連載も僕が編集委員長の時に依頼したものだ。とても文芸批評をものする能力はないが、いくつか紹介を試みよう。松山さんの著作の基底には、建築論、都市論がある。大きな手掛かりになりそうに思えるのが、ほぼ全篇に添えられた松山さん自身による挿画である。

本のタイトルになった「ちちんぷいぷい」は19篇目にある。

02+

全部書き写した方が早い気もしないではないが、突然、知らない男から電話があって、30年前に父母が亡くなり辛いことばかりが続く中でいなくなった妹のことを告げられ、会いに行く話である(「30年前に行方不明になった妹と奇妙な場所で再会した姉」)。家の前に三台の白い車が迎えに来て連れて行かれた神社のような宮中のような場所で、自分の膝の上で右手を広げてゆらゆら動かしている、神様のような女の人に対面する。そこで、よく転んで泣いた妹に、「ちちんぷいぷい」「痛いの痛いの、飛んで行けって…」といったことを思い出した。そして、向かいに来た人たちは、突然、皆さんが自殺なさった。何が真か幻か、今は、泣き虫の妹を思い出して、毎朝、仏壇の前で手を合わせている、という。 オレオレ詐欺、オカルト集団、独居老人の孤独、辛い過去が主題であろうか。

帯に拠れば、登場するのは「50人の“お化け”」という。
「カメラマンの息子が生前に採った写真の場所を巡る父親」、これは冒頭の「ネキスト・シネ」である。

03+

ネキスト、シネ、ネキスト、シネ…というのは、父親が乗った地下鉄の次の駅名のアナウンスである。次は「死の駅」ということか。

「横断歩道」は、日曜日の朝9時に近くの店に買い物に出掛けたけれど、交通事故やマラソンやら次々に起こるハプニングについに横断歩道が渡れず、何も買えずに午後の3時に帰ってくる話。帰ってテレビをつけたら、交差点にトラックが突っ込んで、マラソンランナーが死亡、ガス爆発が起こったと報じている。

04+

その他、「呼び出されて酒を酌み交わした直後、その旧友に死なれた男」「昔の殺人を思い出話として語る老女優」「屋上で書類をちぎり燃やし続ける中年サラリーマン」「娘を捨てた男への恨みを語るタクシー運転手」「リストラした部下に崇められようとしている上司」「精神を病んだ恩師が残した本を古書店で見つけた編集者」「婚約者を不慮の事故でなくした女性」「妻の浮気を疑う夫」・・・・

「鎖」と題されたのは、二ケ月に一回くらいの割で「女房を殺しました」ってやってくる男と「私が主人に殺されたんですか、まったく知りませんでした」という奥さんをめぐる交番勤務の警察官の話。

05+

「狭い箱」は、エレベーターの中で、社内のこんがらがった人間関係が話される話。

06+

「へのへのもへじ」は、タイムカプセルに埋めた言葉が「へのへのもへじ」だった話。

07+

50篇は、なんの脈絡もなさそうでいて、なんとなく繋がっているラインアップとなっている。例えば、「屋上狂い」の最後には、蝶々の群れが飛んでいくのであるが、続く「ナノハニアイタラ」は、それを受けている。連載がもとになっているからであろうか。あるいは、その連想のつながりが全てこの短編集全体の主題に関わるからであろうか。
主題とは、「もしかして俺たち、もう死んじゃってる?」である。
最後の50篇目の「決定的瞬間」は、最初の「ネキスト・シネ」を受けている。
写真家の息子の撮った写真を追いかけた父親に、近所の何気ない世界の「ケッテイテキ、シュンカン」すなわち「生きているなってわかる瞬間」を撮るという息子の言葉を語らせ、「生きる気力が少し湧いてきました」と呟かせている。

著者紹介:
松山巖:1945年東京生まれ。作家・評論家。1970年東京芸術大学美術学部建築学科卒。著書に、『乱歩と東京―1920都市の貌』(1984)、『まぼろしのインテリア』(1985)、『世紀末の一年 一九〇〇年=大日本帝国』(1987)、『都市という廃墟 二つの戦後と三島由紀夫』(1988)、『うわさの遠近法』(1993 )、『偽書百選』(垣芝折多名義)(1994)、『闇のなかの石』(1995)、『肌寒き島国 「近代日本の夢」を歩く』(1995)、『銀ヤンマ、匂いガラス』(1996)、『群衆―機械のなかの難民』(1996)、『日光』(1999)『松山巖の仕事』(2001)、『ラクちゃん』(2002)、『くるーりくるくる』(2003)、『住み家殺人事件 建築論ノート』(2004)、『建築はほほえむ』(2004)、『猫風船』(2007)、『ちょっと怠けるヒント』(2010)、『須加敦子の方へ』(2014)など。

布野修司

この投稿をシェアする:

コメントの投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA