これからの建築 - ココに注目!
「知恵を集めて設計する建築や都市」
Architecture and urban design with the power of collective wisdom

僕は、人の本棚をみるのが好きだ。クライアントの自宅に行ったり、打合せで事務所を訪ねたりすると、ついつい本棚に目を向けてしまう。その人の興味や思考に触れ、共通点を見つけたり、自分の知らない分野を発見したりする。大袈裟かもしれないが、本棚を通し、人の知恵に触れることで、コミュニケーションが始まる“スタート”を予感する。
日々の設計手法に置き換えてみると、ひとりの知恵では、限界があり予定調和なゴールになるけれど、たくさんの人の知恵を集めれば、予測不可能ながらも豊かなプロセスの先に辿り着けるゴールがあると考えている。建築や都市を観察してみると、時代や社会的な状況に応じて人の集まる環境が生まれている。それは、日々変化しており、建築計画で描くステレオタイプの建築や都市を参考にするだけでは叶わなくなってきており、人びとのもつ実感や経験値を丁寧につないでいくことで更新していく可能性がある。人びとの知恵を集めてプロジェクトを育てていく。それを僕は“スタート共有型”の設計プロセスと呼んでいる。

・設計環境を見直すきっかけとなったパートナー制

最近40歳になった。24歳で設計事務所を始め、すでに15年を超えた。10年程前からパートナー制という共同設計を試している。どんなに小さな案件でも、僕が一人で設計をまとめることはせず、プロジェクトが始まると、まず誰とやるかを考え、そこで共同するスタッフ(オンデザインではパートナーと呼ぶ)とフラットに対話し、建築をつくっていく方法だ。
このパートナー制を始めるときに考えていたことは、自分一人でアイデアを考え、スタッフが図面や現場をサポートする体制が、どんどん視野を狭めている実感だった。ある設計の最中に、自分が発したアイデアが、別の設計で上手くいった自己模倣だったりして、(自分の発想の貧困さを自省すると同時に)経験値がもたらす熟練さのバランス感覚が、プロジェクトの固有性にとって必ずしもプラスにならないことを感じていた。
建築界における、ボスを尊重するトップダウン型は通例であるが、アイデアをボスが考えた時に発生する閃めき?のようなモノは、そこが創造の起点であると同時に実は終着点で、そこから先の設計や現場の道程は、極端な言い方をすると閃めきを精度高く実寸で再現する過程でしかない。スタッフもボスを尊重するあまり、クライアントや社会が向こうにあるのに、ボスの顔ばかり見ている状態になる。こりゃまずいと思い始めてから、いきなり環境を変えるのは難しかったので、まず自分自身がファーストイメージを持つことをやめた。プロジェクトのスタート地点で共同設計者をパートナーとして立て、与件を整理し、一緒に方向性を確認した後は、題材を持ち寄って対話する形に変え、前進しながら少しずつ形作っていく。
なるべくオープンに、なるべくフラットに、対話し価値を見つけていくプロセスを大切にし、価値を多面的に膨らませていく。トップダウンでやっている時に比べ、多視点かつ多中心な議論になり、また作り手と使い手、ベテランと若手の知恵も地続きになっていった。

・創造的なひらかれた対話の実践

自分が起こした小さな変化で、みるみる設計環境が創造的になっていったことを見て、ちょっと楽しくなってしまい、様々な場面で実践するようになった。たとえば、都心に建つ10層のコーポラティブハウスでは、10層を10個の土地と見立て、それぞれの土地の使い方を対話し、外形や庭の位置もライフスタイルに寄せることで、結果、暮らす人のキャラクターが現れるファサードの建築となった。また、離島の教育拠点施設では、敷地に建つ築100年の民家改修から、島の生活文化を地域の人たちと高校生が一緒になって探り、建物を通して地域性を継承していく学びの交流空間となった。まちづくりの場面では、地元にヒアリングをかけ、9割くらいネガティブでも、1割くらいあるポジティブな話を引き上げてプロジェクトにした。対話の相手をスタッフ、クライアント、施工者、利用者、とにかくプロジェクトに関わるすべてのひとにオープンにすることで、プロセスを巻き込み型にシフトし、ユーザーの知恵を蓄え、その場所に本当に必要なことは何かを常に探るようになった。
このユーザーや地域の知恵を取り込み、一緒につくり使っていくプロセスは、とても実践的だ。経験的な言葉を集め、使い手の実感とつながり、地域の文脈に乗っかって描く建築や都市は、顔が見えている分、主体的で具体的になりやすい。設計中も竣工後もシームレスにつながっていく。

・集合知が建築を変えていく

今では、プロジェクトも大小・公民と実に様々で、それを20代〜60代の幅広い年齢層のスタッフと取り組んでいる。共同するスタッフも1プロジェクトにつき数名が付くチーム制になることもある。チーム制も、経験値バランスだけで編成するのではなく、個人の興味やキャラクターとプロジェクトの相性を重視している。規模は変わっても、スタート共有型の設計プロセスは継続して発展している。
僕自身、(ちょっと変わった気質であるが)プロジェクトがどう展開するか全く読めない(読まない?)状態が好きで、マップを持たずにはじめての街を歩き回る時のような、発見や新しい価値に自分が揺さぶられることを楽しんでいる。プロジェクトにある固有の言葉を探し、そこでしか生まれない建築を一緒につくっていくプロセスは、発見の連続で、とても学びが多い。たくさんの人の知恵が込められた建築は、だれのものでもなく、しかし、だれもがリアリティを獲得できる、共有可能性のあるかたちとして着地する。
建築は誰に対してもひらかれている。それは出来上がった建物だけではない。建築の楽しさを、考えたり設計したりすることの価値を、日常生活の豊かさを、一人ひとりが自分のこととして向き合う楽しさを、僕たちは、日々模索している。

(コーポラティブハウスの写真「コーポラティブガーデン」:©鳥村鋼一)

(コーポラティブハウスの写真「コーポラティブガーデン」:©鳥村鋼一)

(コーポラティブハウスの写真「コーポラティブガーデン」:©鳥村鋼一)

(コーポラティブハウスの写真「コーポラティブガーデン」:©鳥村鋼一)

©鳥村鋼一

©鳥村鋼一

(島の教育拠点「隠岐國学習センター」)

(島の教育拠点「隠岐國学習センター」)

(まちづくりの写真「石巻2.0」)

(まちづくりの写真「石巻2.0」)

西田 司

オンデザイン。使い手の創造力を対話型手法で引き上げ、様々なビルディングタイプにおいてオープンでフラットな設計を実践する設計事務所。主な仕事として、「ヨコハマアパートメント」(JIA新人賞、ベネチアビエンナーレ日本館招待作品)、「ISHINOMAKI 2.0」(グッドデザイン復興デザイン賞、地域再生大賞特別賞)、島根県海士町の学習拠点「隠岐国学習センター」 など。

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