はじめに: 「生きられた」ニュータウン再考へ向けて
幼い頃住んでいた長屋状の一軒家の近くには、複数の異なる団地が立地していた。それらを包含した広域的な空間が、私や友達の遊び場であった。団地と団地の境界となる金網のフェンスに穿たれた穴を抜けて、移動しながら遊ぶ楽しさがあったことを思い出す。これらの団地そのものは、同じ型の住棟が反復されて全体が構成されるという、均質的な空間ではあったが、幼き私達はその均質さの中に綻びを見出し、自ら領有し得る空間的な隙間を発見していた。
さて、哲学者・篠原雅武による『生きられたニュータウン』(青土社、2015)を読んでいると、上に記した記憶が湧き上がってきた。ニュータウンは、建築・都市・社会に関するこれまでの議論において、主に批判の対象とされてきた[1]。その批判は、篠原の言葉を借りれば、ニュータウンが「人間の日常の生活を考えることなくつくりだされた都市」であるという指摘をもつものであった(本書p.16[2])。こうした見解に対し、篠原はニュータウンをただ単に批判するのではなく、そこに生活する人々の存在を受け止めつつ、実在するモノを前提として、すなわち「生きられた」空間として、ニュータウンに潜む問題や可能性の再考を迫る。そして、先行する様々な議論を参照しながら、ニュータウンという大規模な新興の宅地開発が持つ問題の所在を探り当て、そこからの突破口を切り開く。ニュータウンの何が問題で、これからどうすべきであるのか。こうした問いを基に、本書では、〈ふるまい〉や〈雰囲気〉を指標とした新しい空間論、近代と現代の関係などの、より大きな広がりの問題にまで繋げられた議論が提示される。こうした議論に対し、評者は極めて深く共感する。冒頭に記した、幼き日々の団地での空間体験は、まさに、「生きられた」ものであったからだ。しかし、一方で、ある種の違和感も覚えることとなった。その違和感とは、現代都市の問題をいかに捉えるか、あるいは人と空間・モノの関係をいかに構築するか、という問いにつながるものである。以下、本稿では、まず本書の構成を確認した上で、おおまかな見取り図をたて、著者の主張の核心について迫る。その上で、上記の違和感の所在について検討したい。
本書の構成
本書の構成はいくぶん複雑である。というのも、本書では、2章ないしは3章が1つの部で束ねられるとともに、全体が4部で構成されているが、部のタイトルは付されておらず、また、構成の趣旨についても特段説明はなされていない[3]。他方、議論の流れとしても、章や部をまたいで、いくつかのキーワードを基にした検討が繰り返されながら、少しずつ問題点が移されていく。即座には、この議論の流れを読み解くことは難しいが、本書の内容について精査すると、それぞれの部の役割が見えてくる。評者の見解を提示すれば、以下のようなものとなる。
第2部…ニュータウンを捉えるための概念の導入
第3部…〈荒廃〉するニュータウンにみる可能性
第4部…ニュータウンの問題を突破するための方法論
すなわち、第1部では、議論の発端として、著者が感じるニュータウン〈現実感のなさ〉について述べられ、ニュータウンがなぜ問題になるのか、どのような特徴を有しているのかについて検討される。また、その際、建設当初の状態ではなく、〈荒廃〉の過程を歩むニュータウンという現状の姿が提示される。続いて、第2部では、人々の〈ふるまい〉ないしは〈行為〉という、ニュータウンの空間を評価するために必要な概念が導入される。おおまかに捉えれば、第1部と第2部までは導入部分として捉えることができそうである。続く、第3部では、そうした概念にもとづき、荒廃の過程を進むニュータウンにおいて、ニュータウンの元々の特徴がどのように変容するかについて検討を通して、そこに潜む可能性を探り当てていく。そして、最後に第四部で、ニュータウンの問題を乗り越えていくための提案がなされるとともに、〈荒廃する〉状況に可能性を見出す空間論が提示される。もちろん、上記のように各部の役割が明確に分かれているわけではないが、ひとまずこのような見取り図をたてたうえで本書の内容についての検討を進めていきたい。以下、まず議論の前提となる第1部の内容を確認し、その後、本書の核となる概念〈ふるまい〉・〈行為〉および〈気配〉・(雰囲気)に注目しつつ、第2部から第4部の議論を総合的に捉えていきたい。
ニュータウンの〈現実感のなさ〉
篠原自身が述べているように、本書の議論は終始、「実在しているにもかかわらず、現実のこととは思えない」という、ニュータウンの〈現実感のなさ〉を巡って展開されている(p.221)。これは、実際に人が生活している場であるにも関わらず「現実のことのようには思えない」という感覚を基に、ニュータウン固有の問題に迫るという篠原の狙いに基づいている。しかし、そのことは、人の主観的な側面に注目するものではない。篠原は、人間と空間の関係を論じる上で、これまでの空間論で主題とされてきた、人の内面性との結びつきや場所の記憶という、主観的で観念的な概念に依拠するのではなく、空間を人間に対して外在的なものとして捉え、実在する事物としてのモノに焦点をあわせる[4](p.19)。第1部では、こうした〈現実感のなさ〉について言語化されていくとともに、そうした雰囲気を付帯する空間の諸特徴が洗い出されていく。
まず第1章では、ニュータウンを舞台として書かれ、1967年に刊行され安部公房の小説『燃え尽きた地図』を通して、「現実感の希薄さ」が生じる要因を、ニュータウンが「幾何学的に区画され番号を付された」、「まっ平らな世界」であることに見出す(pp.29-31)。このような機能的で合理的に計画された空間は、クリストファー・アレグザンダーが定義するツリー状の秩序(人工都市の構造)とセミラティス状の秩序(自然都市の構造)の区分のうち、前者の秩序に基づく空間に該当する。さらに、篠原は、ニュータウンの問題に迫るために、空間秩序だけではなく、生活形式への注目の必要性を論じる。その際、ティモシー・モートンの議論を参照しながら、他人との関係や自然環境を含めた「予測しえないもの」を可能なかぎり手なづけるという「予期困難なものの縮減」にニュータウンの生活形式の特徴を見出す(pp.33-37)。
では、そうした人工都市・ニュータウンにおいて、本来的には人為的なものの外側にある「自然」とはどう存在しているのか。2章では、自然への関心を持ちながらニュータウン建設に関わった建築家・黒川紀章の思想に関する検討を通して、ニュータウンの自然が「無垢なものとして聖別化されつつ剥奪されている」ことで「不活性状態」にあることを指摘する(p.45)。それゆえに、ニュータウンにおいては「自然を感じることができない」のだ(p.39)。このことは、人が自然を馴致し、手なづけていくことを意味し、1章で指摘した「予期困難なものの縮減」と同様の特徴を示す。
さらに3章では、前述のモートンによるエコロジー思考に関する議論および、磯崎新が2011年の論考の中で提示した、1995年以降の状況を示す「超都市」という概念を参照し、1990年代以降の現代都市が有する特徴について検討が進められる。その結果、篠原は現代都市の特徴を、集合住宅の密室で育児の放棄や貧困者の餓死が隣人に気づかれずに進むということにみられるように、「見放された空間で生きるといった事態が、身近な人にすら知覚されず関心を持たれることもない隠された空隙のようなものとして現実に起こ」ることであると捉える(p.53)。これは、資本が開発対象を次々と変えていく中で、都市空間の一部が「見捨てられ、放擲される」ことで生じる(p.51)。こうした現代都市の状況は、ニュータウンにも当てはまる。篠原は、「拡張が停滞し、居住人口が減少し、放擲されることに伴い、ニュータウンの異物性の真実が、次第に露わになっていく」と指摘する(pp.55-56)。その異物性とは、「効率的で自己完結的した空間を構築」するものであり、「世界の錯綜性を整序し、消去していくこと」である(p.55)。この「世界の錯綜性の整序」とは、前述の「予期困難なものの縮減」とも共通し、人為的に環境を馴致するための性質であると捉えることができるだろう。
以上のような議論のもと、本書が前提としているニュータウンの特徴とは以下の4点であると考えることができる。
2.ツリー状の空間/効率的・自己完結的な空間(空間秩序の観点からみた特徴)
3.予期困難なものの縮減/世界の錯綜性の整序(生活形式の観点からみた特徴)
4.見放され、放擲されることの進行 (通時的な観点からみた現代の特徴)
すなわち、ニュータウンとは、自己完結化を志向するツリー状の空間秩序に基づき、物事が整序され、予期可能なものとして馴致される、という環境的な特徴を有する。その特徴が、〈現実感のなさ〉を生み出している。ただし、それが異物であることは、人口増加による成長が止まり、ニュータウンが放擲され、〈荒廃〉が進む中で、顕在化しつつあるというものが、篠原のニュータウンに対する現状認識である。
〈行為〉・〈ふるまい〉と〈気配〉・〈雰囲気〉
上記のように本書は、人々の内面性との関係からではなく、外在的で客体的な対象に注目して空間を論じようとしている。その際、重要となるのが〈ふるまい〉・〈行為〉、および〈気配〉・〈雰囲気〉という概念である。前者二つは、モノとの関係の中でなされる人の動き、後者二つは、人が感じとることのできるモノの質感を指す。すなわち、これらは実在するモノと人の関係を取り結ぶ概念といえる。それに加えて、篠原は、ニュータウンを完成された固定的な状態として捉えるのではなく、空間の変容について眼差しを向け、建設当初と、荒廃した現在、という時間に基づく変化に注目する。以下では、本書第2部以降において展開されている、〈行為〉・〈ふるまい〉と〈気配〉・〈雰囲気〉に関する議論を整理し、これら視点でみたニュータウンの特徴が、時間の経過によっていかに変容するのかを確認する。
このうち、まず、身体の動きを指す概念である〈行為〉および〈ふるまい〉に関する議論をみてみよう。まず両者のうち、〈行為〉に関して、篠原はハンナ・アレントによる行為と言葉の「網の目」という考え方を参照し、ニュータウンの問題を読み解いていく。上述したように、篠原はニュータウンを、「現実感」や「生活感」が希薄な場所として捉えるが、そのことは動きのなさに起因すると指摘する(p.67)。さらに、〈行為〉の観点から理論的に考察するならば、その動きのなさとは「行為と言葉の伝播が起こらない」状態として捉えることができる(pp.71-72)。では、そうした状態をどう改変していけばいいのか。篠原によれば、望むべき行為の伝播とは、人間集団という枠組みとはかかわりのないところで生じる「行為の相互作用と触発、相互連鎖」である(p.72)。というのも、第1部でも議論されたように、ニュータウンの現実感のなさとは、人為により物事が予測可能とされる状態に基づいているが、人間集団とは予測可能性にもとづいて営まれている組織体である。すなわち、「現実感のない」ニュータウンの問題を〈行為〉の観点から突破していくためには、予測可能な状態を生み出す人間集団の枠組みから脱し、「偶然性」や「匿名性」を獲得する必要がある(pp.73-75)。こうした中で、人々の出会いを可能とする「客体的な公的世界」が現出する(p.75)。
次に、〈ふるまい〉に関する議論を整理したい。〈ふるまい〉とは、哲学者・坂部恵の提示する概念であり、対他的・対人的な関わりを必要とする、相互主体的な生活の営みのことを指す(p.83、pp.139-143)。坂部によれば、人々の正気が保たれるためには、ふるまいが、都市の喧騒状態ではなく「静けさの場」に属すこと、および、ふるまいが「伝統に根ざ」すことが必要である(p.83およびpp.141-142)。しかし、そのうち後者に関してみると、ニュータウンをはじめとする近代都市では、伝統が形骸化し、効用や機能性が優位になるため、正気を欠いた世界となっている(pp.137-141)。ただし、第1部でも議論されたようにニュータウンや近代都市は、現代において〈荒廃〉の過程を歩みはじめている。篠原はここにヒントを見出す。〈荒廃〉は、古くなるという動きや生成を生み、それゆえに濃密な気配が付帯する(pp.218-219)。一方、ふるまいは、静寂の状態を基底として生じるとともに、気配という動的なものを付帯すると述べている(pp.87-88、p.213)。篠原は明言していないものの、ここで〈荒廃〉とは、〈静寂〉に近い状態を意味するものと推察される。すなわちニュータウンにおいては〈荒廃〉によって、〈ふるまい〉を生じさせる〈静寂〉という条件が準備されるのだ。その際、静寂とは、必ずしも音のない状態を意味せず、内省を可能とする状態を指す(pp.85-87)。このような静寂や内省を可能とする空間のあり方に関しては、カフェの空間、乾久美子による「みずのき美術館」、京都の詩仙堂、1973年代に発表された安部公房の小説『箱男』における「箱」という形象[5]などが例示されている(pp.81-82、pp.192-199、p.205)。
次に〈気配〉や〈雰囲気〉というモノに付帯する特徴に関する概念の議論をみていく。ニュータウンの〈雰囲気〉とは、「空虚で自己停止した」ものである(p.175)。篠原は、この「空虚な」雰囲気が、荒廃や老朽化によって、どう変容するのかについて注視し、老朽化が進むにつれて「錆びや崩れが生じているというだけでなく、雑草がコンクリートの隙間から生えているように、緩みが生じている」と指摘する(p.177)。また、このことを時間の観点から整理すれば、ニュータウンに流れる二つの時間が見出される。すなわち、「停止した時間」と「荒廃の進行」である(p.218)。前者は完成された状態における動きのなさを指し、前段での述べたように、後者はニュータウンが古くなることで、時の動き、生成が生じることを指している。「気配が濃密に感じとられる空間と、空白で空虚のように感じとられる空間の違いは、生成の度合いの違いに対応」するため(p.219)、ニュータウンの「空虚さ」を乗り越えるためには、いかに動きや生成が可能かを問う必要がある。篠原は、こうした観点から、ニュータウンの「荒廃」に希望を見出すのだ。
まとめ: 現代の建築・都市空間における〈現実感〉
篠原の議論は、ニュータウンの問題点を〈現実感〉のなさという事態として捉え、その問題をどう突破していくかの考え方を提示するものであった。その問題への回答としては、人々の動きの相互作用が生じる「客体的な公的世界」や、濃密な〈気配〉や生成を生むニュータウンの〈荒廃〉の重要性が示された。このことは、アンリ・ルフェーブルによる空間論をはじめとして空間を生産物=固定的なものとみなす見方に対し、空間を動的な状態として捉える視点を提示するとともに、〈ふるまい〉や〈雰囲気〉という評価指標を導入することにつながる。さらに、伝統との関係や、記憶など内面や主観との関係で捉えられがちであったニュータウンないしは近代都市の問題を、客体的・外在的な対象から捉え直したという意義がある。また、〈荒廃〉というネガティブに捉えられがちな現象を、近代都市・人工都市の問題を突破するための緒として注目した点も、極めて興味深い。しかし、これらの議論に対し、いくつかの違和感も残る。まず一点目は、現代社会あるいはニュータウンにおける〈現実感のなさ〉をどう捉えるかという問題である。これは、内面の観点を捨象したことに付帯する問題であろう。二点目は、人間とモノの関係についてである。著者が論じる〈ふるまい〉や〈気配〉に注目することで可能となる空間とはどんなものだろうか。
著者は、内面の問題を退けることで、ニュータウンにおける〈現実感のなさ〉を、〈動きのなさ〉に起因するものとして捉えている。その考え自体は興味深いが、人々の内面を考慮しないことで、抜け落ちる問題はないだろうか。このことに関連するものとして、社会学者の見田宗介は、1968年と2008年に起こった事件の比較を通して、人々の「リアリティ」のあり方が変質していることを指摘している[6]。見田によれば、1968年では、人々は他者からの過剰な「まなざし」からいかに逃げるかが問題であった。すなわち、篠原の議論でいえば、1970年代に安部公房が「外的世界からのの脱出」をテーマとしたことと符号する。しかし、2000年代には、人々は「まなざしの不在」の中で、人々は自分自身へのリアリティを抱けず、「まなざし」を欲する。1970年代から2000年代にかけて、WEB、PCやスマートフォンなどが普及し、情報環境が激変するとともに、定常型社会に突入するなど人口構成も変化している。そのような変化に伴い、人々の生活形式や内面も変容したものといえるが、それらは都市空間の生活にも大きく影響を及ぼすだろう[7]。そこでは、客体的な対象に注目しながらも、再び、内面的な問題も含めて、空間の問題を検討する必要があるのではないだろうか[8]。
続いて二点目に関しては、人間とモノの関係について検討したい。篠原は、坂部による〈ふるまい〉ないしはアレントによる〈行為〉の概念を参照する際、それらを対他的なもの、相互主体的なものであると論じている。このことをはじめとして、篠原が目指す空間像とは、主観によってではなく、モノを介して、人々が共在する空間であるといえる。しかし、これは単純に複数の人々が一緒にいればいいというわけではないだろう。その際、篠原は、人間集団という枠組みから脱した「客体的な公的世界」の重要性を論じる。今後は、こうした空間のあり方はいかに可能かについて、具体的に思考することが求められるはずだ。
さて、以上のように、本書は、都市・建築空間における〈現実感〉とはなにかについての問いを提示する。〈現実感〉がある、〈気配〉に満ちた空間像を具体的に考えていくためには、さらなる検討が必要ではあるが、本書は、ニュータウンという「近代的」な空間を「生きられた」ものとして捉えることで、近代からの時間の流れの中で、現代の建築・都市の姿を掴みとるための視座を与えてくれる。近代的な空間は、時の経過とともに廃れ、うちすてられていく。しかし、そこにこそ希望があるのだという著者の見解は、現代都市の問題を考えるうえで極めて示唆的ではないだろうか。
具体的には、「没場所性」の表出形態の具体例の一つとしてニュータウンを挙げる『場所の現象学』(エドワード・レルフ、筑摩書房、1999)や、ニュータウンの空間が「均質」・「機能主義的」であると論じる『「家族」と「幸福」の戦後史』(三浦展、講談社、1999)などを挙げることができるであろう。
以下、括弧内のページ数は、本書からの引用箇所を示す。
ただし、本書がこれまで発表された篠原のいくつかの文章をもとにしていることは、あとがきにて述べられており、それら個々の文章は、互いの内容の類似性によって、1つの部の中に配置されているものと推察される。
ここで、篠原は、人文社会学的な領野からなされた空間論を想定しているものと推察される。具体的には、『空間の詩学』(ガストン・バシュラール、筑摩書房、2002)や『場所の現象学』(エドワード・レルフ、筑摩書房、1999)などを挙げることができるだろう。
この小説は、ダンボール箱を頭からかぶり都市を彷徨う人たちについての物語であるが、篠原はこの「箱」という形象が、「既にあるこの都市という外的世界からの脱出になりうることを物語る」ものであり、「内省するための拠点」であると述べる(p.193、p.198)。
見田宗介、『現代社会はどこに向かうか』、弦書房、2012
ただし、篠原の議論もまた、1970年代と2000年代以降の変化を前提にしたものであった。具体的には、1976年に初版が出た多木浩二の『生きられた家』と自身の議論の立場の差異を表明し、1970年代ではテレビというマスメディアによって集合表象が作られていたこと、多木が(当時建設が始まった)人工都市を退けていたことに対し、現代においては、WEBによって人々の関係性が作られ、またニュータウンをはじめとする人工都市も日常のものとして定着したことを挙げる(p.155、pp.224-225)。こうした認識に関しては、評者も極めて深く同意する。(評者による関連する議論を参考までに示す。吉本憲生、「多木浩二/『生きられた家—経験と象徴』」、『建築雑誌』2014年8月号
建築家の原広司は、「見えがかり、外見、あらわれ、表情、記号、雰囲気、たたずまい」等の表記が指し示す空間の現象を「様相」という概念で捉え、それに基づく空間論を展開した。ここでは、人々の内面、モノ、およびそれら両者の間に位置する雰囲気などの概念を総合的に捉える視座が示されている。ここにも、篠原の議論を発展させていくためのヒントがあるだろう。
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