応募作品
HARBIN OPERA HOUSE

ハルビン市

中国北部に位置する黒竜江省の省都にあたるハルビン市は、「ハルビン文化センター」と呼ばれる新しい文化施設の整備を進めている。市の中心を東西に流れる松花江の北側に位置する広大な湿地公園の中に、オペラハウスとコンベンションセンターという二つの公共施設を中心とした、市民に開かれた新しい都市空間を創設する計画である。2010年に行われた国際設計競技の結果、我々MAD Architectsが湿地公園全体の計画とともに、オペラハウスとコンベンションセンターの二つの建築の設計をすることになり、2015年末にまずオペラハウスが完成した。湿地公園全体の敷地444エーカーのうち、約85万平方フィートの建築面積をこのオペラハウスが占めており、メインとなる大ホールでは1600人、併設する多目的ホールでは400人の観客を収容する。
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新しい風景として

ハルビン市のある黒竜江省は、北にロシアと国境を接し、長い歴史の中で西洋から受けた文化的影響が大きい。旧市街にはロシア正教会の聖堂が残るなど、この地におけるロシア建築の強い影響を色濃く伝えている。音楽や舞台芸術の分野においても、中国国内において西洋の影響を受けた舞台芸術の文化が最も花開いた都市でもある。そのようなハルビン市において、オペラハウスという、音楽と舞台芸術の新たなる場をつくることは、非常に大きな意味を持つ挑戦であった。

雪に覆われる厳しい冬の長いこの都市において、建物を単体で考えるのではなく、その地形や自然に調和し、音楽を体現する建築とは何かを考え、環境の一部に溶け込むことを目指しながらこのプロジェクトはスタートした。そして、白い雪の中に漂うようなリズムを持ち、風によって舞い上がる粉雪のようにランドスケープが部分的にふわりと浮いたような風景を目指した。
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ホール配置

大ホールと多目的ホールは一体にするのではなく、独立した構成とし、それぞれにバックステージ機能を併設し個別にイベントを開催できるようにしつつ、前面のロビーは共有している。オペラハウスでどうしても高さを持ってしまうフライタワーに対して、機能的な箱がボリュームとして現れるのではなく、アプローチしていく視線に対して低いところから徐々に最高高さまでセットバックしながら高さを変化させることで、できるだけボリュームを抑え、巨大なスケールをランドスケープと一体として処理している。

湿地公園であるこの敷地は地盤が良好ではない為、駐車場は地下ではなく既存の地盤面に設置し、側面から自然光が入るように計画した。この為車で訪れる人々は、スロープをくだり、地下に下りるという体験をすることなく、湿地公園へと繋がる橋を通りそのまま平行に駐車場にアプローチし、同レベルよりメインロビーに繋がる大階段を経て建物にアプローチすることになる。逆に徒歩でやって来た人々は、駐車場の一切ない開けた広場を経由して、徐々に高さを変える建物のシルエットを見ながらアプローチすることになる。駐車場の上に持ち上げられたオペラハウスとコンベンションセンターが全体計画の東西に対峙し、人工性を強調する中央に浮かぶ直線の橋を介して繋がり、二つの建物の間に「空」を作り出す計画となっている。

環境の一部として開く

丘陵地に立ち上がる建物の最上部のプラットフォームまで歩いて上がっていける外部階段を設け、建物に沿って人が歩き回れるようになっている。階段を上がるにつれて視界が開けていき、ハルビン市の新たなビューポイントとなり、最上部から川越しに旧市街を眺めることができる計画とした。オペラを観劇に来る人だけがこの場所に来るのではなく、市民に開かれた公園の一部として機能し、日常生活の一部分としてハルビンの文化の新しい感受性を得られるような場所になればと考えている。

雪で真っ白に覆われる冬でも、内部に自然光ができるだけ入り込むように、エントランスホールの上部には大きなトップライトを設けた。長く冷たい冬を越すこの都市において、太陽の光は非常に重要な意味を持つため、内部に入ると目の前に待ち受ける温かい色合いをした木製のファサードに太陽の光が注ぐような構成にしている。
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身体的スケール

中国国内のオペラハウスやコンサートホール等の文化施設は、巨大なボリュームとして表現された建物が多く、その周辺につくりだされた空間は、決して心地良い身体スケールを持った都市空間とはなっていない。今回の計画では、巨大なスケール感を抑える為に、エントランス部の天井の高さを低くし、水平方向に広がりを持たせることで、雄大な景観と繋がっていくように空間を構成している。湿地公園の中心の池を挟んで東西に位置する二つの建物の端を低く抑え、身体感覚を意識しながら全体のスケールをコントロールしている。エントランスホールにおいては、低い天井から徐々に空間が広がっていくトンネルのような空間構成とし、また内部の立体的な構成を感じられるように、地上38メートルのテラスからトップライトがすり鉢状に下りていく下でロビーを見下ろせる場所を設け、有機的な姿の外殻に対して様々な関係性の空間を体験できるように設計してある。
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ファサード

全体を覆う流線型なファサードについては、どのように合理的な構造形式に落とし込んでいくか、検討に非常に時間をかけた。年間を通して気温差が非常に大きい為、各素材の伸縮を考察しながら外装材の選定を行い、厚さや重ね方など、何度も検討を重ねた。ファサード・コンサルタントのゲーリー・テクノロジーズと協同し、アルミニウム・パネルの割り方、厚み、3次曲面上の雨水の流れ、排水経路、雪の溜まり、日射角度からどこが凍りどこに熱線を設置すれば氷柱ができないかなど、細かくシミュレーションを行い、実寸のモックアップを製作し何通りも検証した。

建築におけるスケールを考えた時、景観としてのスケール、建築としてのスケール、ディテールとしてのスケール、この三つのスケールにおいて、それぞれ空間が表情を変えるような設計を目指した。遠くから眺めた時には連なる白い雪の山として、また至近距離ではその表面に表情と方向性を作り出す為、「バンプ」という押し出しの立体パネルを用いて、陽の光によって異なる影を作り出すアクセントを演出した。

近づいたときに実際に触れることのできるディテールについては、外装材の張り方の検討に多くの時間を費やした。その理由の一つは、施工精度を吸収するようなディテールのあり方を考えなければならなかったからである。線と線が向き合うパネル割ではどうしても最終的に施工精度に依存することになるが、このような複雑な形状、かつ巨大な規模を持つ建築において、高解像度の表現を実現するのは非常に困難である。そこで、この建物においては、上のパネルに対して下のパネルを被せることによって、パネルとパネルが同一平面上で並列するという状況を回避し、そこに発生し得る施工的な問題を吸収しようとした。複雑面上の難易度の高い施工に、さらに数ミリの精度を求めることはせず、オープンジョイントで雨や雪の対策にも有効なディテールとしている。また、下のパネルに陽の影を落とさず目地は縦のラインだけで滑らかな表面となるようにしている。

ウッドシェル

ホールの外殻を木の仕上げ材で覆ったウッドシェルは、エントランスに入った時にはすでに何百年もそこにいたかのように存在しているが、近づくと表面は部分的にルーバー状になっている。見る人との距離感によって厚みや間隔を微妙に変化させながら、スケールの差異をどのようにデザインに反映させるか検討した。当初、技術的に有機的形態を現実に落とし込むことが大変難しかったが、施工方法とディテールを試行錯誤しながら、形状を最適化し加工可能なサイズで細かく分割して繋げていく方法を提案したことで、現実に施工することができた。
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山水都市

我々は「山水都市」という、新しい都市の在り方に対するコンセプトを掲げ、プロジェクトとは別に中国庭園などのアジアの空間のリサーチをしている。中国庭園の特徴は俯瞰する視点がなく、その代わりに中に入って個々の風景を切り取り繋げていくつくりになっていることである。さらにその場に立った時の心理状況、季節、感情によって風景の捉え方が異なり、それらをコラージュし、自分の中に常に更新されるイメージをつくっていく。これはアジアの文化が持っていた特質の一つであり、大地との関係性、現代性のあり方をどうやって建築に結びつけるか、自然の一部として人々に受け入れられるようなものをどうつくるか、それが我々のテーマとなっている。
この「ハルビン・オペラハウス」がアジアの都市の中の新しい風景の一つして、そこに住まう人々に受け入れられ、その場所の持つ美しさや特質を感じ取ることのできる場として都市の日常の一部になっていくことを願っている。

早野洋介

MAD Architectsプリンシパル・パートナー

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1 Comment

  1. なにもかも、私がもつ知見や感性で言い表せない美しさや技術など多次元的な価値と魅力を感じ嬉しく思いました。
    新たな技術だけでここまで造れる人が多く居られるとは思われませんが、現存する技術をこのように化かすのもすごい。費用や生産体制の中で創れる人をたまに見かける時代に生きている感じはありましたが知らなすぎるのが恥ずかしい。
     若き頃に東京オリンピックに誕生した丹下健三氏の代々木体育館で受けた衝撃に似た感激です。屋根面の設計手法が
    一部紹介されているように、どのとうに造られているのか見える技術資料を建築関係者に見せて頂ける機会を得たい。

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