近代都市に求められたスピードの美学
<未来派>
20世紀初頭、伝統重視の国イタリアに巻き起こった超未来志向の芸術運動。機械、テクノロジー、それらが実現するスピードを賛美し、新しい時代の美学と捉えた。機械主義と建築美が融合した先駆例で、ロシア構成主義にも影響を与えた。
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未来派は、1910年代初頭から第一次世界大戦の頃にかけてイタリアに起こった、文学、絵画、彫刻、演劇、写真、建築の総合芸術運動である。運動の仕掛け人マリネッティの有名な言葉、「疾走する自動車はサモトラケのニケよりも美しい」が示すとおり、未来派の基本姿勢はテクノロジーの賛美に貫かれている。
建築分野を代表するのが建築家アントニオ・サンテリアである。彼が描いた一連のドローイング「新都市」は、1914年5~6月の「新傾向」展用に制作されたものだったが、同年7月11日に「未来派建築宣言」が出されたことで、事実上、未来派の建築イメージを体現する作品となった。サンテリアは第一次世界大戦に従軍し、1916年に戦死した。
「新都市」には、集合住宅、駅舎、教会、工場、発電所といったビルディング・タイプが、精緻に、ときに力強く描かれている。高層化された建築は、シカゴやニューヨーク摩天楼への憧れを思わせる。ただし、当時のアメリカの高層ビルのように建築が伝統的な装飾で彩られることはなく、鉄、コンクリート、ガラスといった工業的材料がストレートに表現されている。それでも建築が単調になることはない。サンテリアは、壁面を段状にセットバックさせ、空中歩廊を多用し、無線アンテナを頂く塔状ボリュームを立ち上げることで、建物全体を〈美しく〉構成した。建築の足下には、近代都市に欠かせない交通インフラが何層にも立体交差している。
サンテリアの「新都市」がすぐに実現することはなかったが、斬新な都市のイメージは1920年代のモダニストたちを刺激し、彼らの実作を経て現代都市の下地になった。機械主義的なユートピアとしては、ロシア構成主義への強い影響が見られる。「実現しない(アンビルト)作品」で前衛性を強調する手法としても、20世紀の早い例である。
関連作品
リンゴット自動車工場(1922)
建築家マッテ・トゥルッコの設計したフィアット社の自動車工場。
実現した未来派の建築作品には諸説あるが、1930年代に「未来派の創意を実現した最初の作」と評価された。長大な建物の屋上が、自動車の試験走行サーキットとなっている。現在はレンゾ・ピアノによる改修を経て商業・文化施設に転用されている。
関連文献
– 鵜沢隆、『アントニオ・サンテリア「新都市」註解』、中央公論美術出版、2007年
– レイナー・バンハム(石原達二、増成隆士訳)、『第一機械時代の理論とデザイン』、鹿島出版会、1976年
– Marco De Michelis, La Città Nuova Oltre Sant’Elia, Silvana Editoriale, 2013
建築に関わるさまざまな思想について、イラストで図解する「建築思想図鑑」では、古典から現在まで、欧米から日本まで、古今東西の建築思想を、若手建築家、建築史家らが読み解きます。イラストでの解説を試みるのは、早稲田大学大学院古谷誠章研究室出身のイラストレーター、寺田晶子さんです。この連載は、主に建築を勉強し始めたばかりの若い建築学生や、建築に少しでも関心のある一般の方を想定して進められますが、イラストとともに説明することで、すでに一通り建築を学んだ建築関係者も楽しめる内容になることを目指しています。
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