建築思想図鑑 第5回
我国将来の建築様式を如何にすべきや

「日本らしい」様式を求めて・・・いまだ結論の出ない討論会

<我国将来の建築様式を如何にすべきや>
1910年に建築学会(現:日本建築学会)が開催した討論会。日露戦争に勝ち、列強に並んだ日本が今後の建築様式を議論した、いわゆる「様式論争」。建築家や建築史家らが、多様な「日本らしい」様式を主張した。


当時、政府主導で行われていた帝国議会議事堂(現:国会議事堂)建設に対し、コンペによる議事堂設計者選定の実現に向けた取り組みが、辰野金吾を中心として巻き起こった。そのひとつが「我国将来の建築様式を如何にすべきや」と題された2度の討論会である。

第1回の討論会では、「国民的建築」としていかなるものがふさわしいのかが議論された。主な論者は4人で、三橋四郎は和洋折衷主義(日本と西洋の長所を取る)を、関野貞は新様式創造説(過去のすべての様式をもとに新様式をつくる)を、伊東忠太は進化主義(国民趣味と一致すれば和洋折衷でも新様式創造主義でもよい)を、長野宇平治は西洋直写主義(「西洋式」でも自ずと日本の精神を発揮できる)を、それぞれ主張した[1]。第2回の討論会では、司会の辰野が第1回の内容を総括し、古今東西の様式が調和し、国民趣味を反映させることで新たな様式が誕生するという三橋、関野、伊東らの主張と、現在の西洋式こそが我が国の様式でありその進歩発達を研究すればよいとする長野らの主張の2派に大別した。
 
004-1
辰野はそれぞれの意見発表会の域を脱していないと評しているが、たとえば、長野の「西洋直写主義」が、モダニズムがいまだ隆盛を極める前に、均質化する世界の建築の動向をとらえていた点など、興味深い。結論は出なかったが、日本のコンペ史と密接に結びつく討論会であり、国家的な建築プロジェクトにおける「日本らしさ」を問うなど、当時の建築思潮を知る上で重要な資料である。


関連作品

大阪市公会堂(現:大阪市中央公会堂)
討論会の2年後の1912年に開催された大阪市公会堂(現:大阪市中央公会堂)の設計コンペでは、討論会の登壇者の伊東、長野のほか、関野の新様式創造主義に賛同し意見を述べた大江、岡田、古宇田らが指名され13案が提出された。このコンペにおける伊東、長野、古宇田の提案に、それぞれの「我国将来の建築様式」が表現されたという説もある。

最優秀案には岡田案が選定されたが、実施設計は岡田案を原案として、コンペの建築顧問を務めた辰野金吾の当時の大阪事務所、辰野片岡事務所が取りまとめた。岡田案は、4本のジャイアント・オーダーを正面中央部に配したネオ・バロック的な意匠であったが、辰野らの実施案では、ネオ・ルネッサンス式と辰野独自の辰野式(フリー・クラシック様式)の意匠へと変化した。

なお、実施設計以降、原案設計者である岡田の関与が見られず、さらに、コンペに参加した片岡安が実施設計に参画するなど、現代にも通じる日本の設計コンペ問題の芽が潜んでいることが理解できるだろう。

Wikipedia, the free encyclopedia: "Osaka Central Public Hall 2010.jpg", (Author: Wiiii, CC-BY-SA-3.0) URL=https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Osaka_Central_Public_Hall_2010.jpg

Wikipedia, the free encyclopedia: “Osaka Central Public Hall 2010.jpg”, (Author: Wiiii, CC-BY-SA-3.0) URL=https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Osaka_Central_Public_Hall_2010.jpg


関連文献

「我国将来の建築様式を如何にすべきや」全文・解説
– 建築学会編『建築雑誌』第24巻282号,建築学会,1910年6月号
– 建築学会編『建築雑誌』第24巻284号,建築学会,1910年8月号
– 藤岡洋保「転回点に立つ(建築学会討論会「我国将来の建築様式を如何にすべきや」建築雑誌1910年6月号,8月号)」『建築雑誌』第101巻1245号,日本建築学会,1986,pp. 80-81

大阪市公会堂関連
– 公会堂建設事務所編『大阪市公会堂新築設計指名懸賞競技応募図案 本編』公会堂建設事務所,1913
– 公会堂建設事務所編『大阪市公会堂新築設計指名懸賞競技応募図案附録 設計仕様概要』公会堂建設事務所,1913
– 足立裕司「9216 大阪市公会堂設計競技にみる「我國将来の建築」の構図」『日本建築学会大会学術講演梗概集. F, 都市計画, 建築経済・住宅問題, 建築歴史・意匠』,日本建築学会,1993, pp.1479-1480
– 山形政昭「大阪市中央公会堂の建築」『藝術22』(大阪芸術大学紀要)大阪芸術大学,pp.165-174, 1999


建築に関わるさまざまな思想について、イラストで図解する「建築思想図鑑」では、古典から現在まで、欧米から日本まで、古今東西の建築思想を、若手建築家、建築史家らが読み解きます。イラストでの解説を試みるのは、早稲田大学大学院古谷誠章研究室出身のイラストレーター、寺田晶子さんです。

この連載は、主に建築を勉強し始めたばかりの若い建築学生や、建築に少しでも関心のある一般の方を想定して進められますが、イラストとともに説明することで、すでに一通り建築を学んだ建築関係者も楽しめる内容になることを目指しています。

イラストを手助けに、やや難解な概念を理解することで、さまざまな思考が張り巡らされてきた、建築の広くて深い知の世界に分け入るきっかけをつくりたいと思っています。それは「建築討論」に参加する第一歩になるでしょう!

約2週間に1度、新しい記事が更新されていく予定です。また学芸出版社により、2017年度の書籍化も計画中です。

「建築思想図鑑」の取り組みに、ぜひご注目下さい。

  1. ほかに岡本銺太郎、佐野利器、中村達太郎、松井清足、大江新太郎、岡田信一郎、酒井祐之助、古宇田實の8名が各主論者の主張に対し意見を述べた。

林要次:文

建築学者/yoji hayashi + a.d.s
神奈川県生まれ。博士(工学)(横浜国立大学大学院都市イノベーション学府)。
専門:設計意匠学、近現代フランス建築都市学、近現代建築教育。
主なル・コルビュジエ研究に、大戦間の活動に着目した訳書『パリの運命』(共訳、彰国社、2012)、「ル・コルビュジエとポール・ヴォーティエ」(日本建築学会関東支部研究報告集所収、2014)など。
最近の研究に、「中村順平とエコール・デ・ボザールの特例」(日本建築学会関東支部優秀研究報告集所収、2016)など。

寺田晶子:イラスト

イラストレーター
茨城県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学大学院修士課程修了。
広告や雑誌の挿絵、建築サイン、企業/店舗のVIのイラスト・デザイン等を手がける。
<主なイラスト掲載>
雑誌『新建築住宅特集』、戸田建設広報誌『TC』、書籍『ようこそ建築学科へ!』(学芸出版社)、書籍『図解 東京スカイツリーのしくみ』(NHK出版)、東急ハンズ店内壁画(ライブペイント)、錦糸町駅ビルテルミナ壁面装飾・広告、「京都梅小路・みんながつながるプロジェクト」メインビジュアル など

この投稿をシェアする:

コメントの投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA