書籍紹介
『よみがえった茅葺の家』
いるか設計集団編著 建築ジャーナル 2016年1月31日

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神戸市の登録有形文化財第一号に登録されている大前家(神戸市北区道場町)の移築・再生の記録集である。大前家は江戸時代後期に建てられた農家であり、所有者である大前延夫さんは22歳まで、この農家で育った。高速道路の建設に伴い壊すか移転するかを迫られた大前延夫さんは、同じ町内日下部に土地を取得、いるか設計集団に移築・再生を依頼、本書は、その依頼から竣工までの記録集である。
実測調査(第1章 出会い」→基本計画~実施設計(第2章)→解体(第3章 茅葺き民家解体)→工事(第4章 家づくり工事)→移築(移築・再生後の暮らし)という経緯が、豊富な写真、図面とともに振り返られ、記録されている。
移築・再生であって、文化財をそのまま移築ということではない。移築前の住宅は江戸後期に遡る母屋と増築部分(洗面、風呂、トイレ、納戸)からなっていた。その大前家の歴史は、実測調査をもとに、神戸の民家の伝統、地域特性における位置づけとともに明らかにされているが(黒田龍二、佐藤定義)、何を移築するのか、ということが、当然テーマになる。基本計画に当たって、大前家の何を引継ぎ、何をどう再生するかが、様々に議論される。その議論は、1.茅葺き屋根を尊重するデザイン、2.お墓のある山への美しい風景を活かしたプランにする、3.週末の農的暮らしの場にするため、畑も引越す、4.念仏講、御茶会など人が集まれる家にする、5.街道沿いの町家としての佇まいを残す、6.可能なかぎり古材を再利用する、7.茅葺き棟以外の部分は、現代の建築材料や工法でつくる、という基本計画の指針に集約されるが、言うまでもなく、こうした作業と議論はあらゆる建築の設計において問われることである。地域を読み、敷地を読み、その場を支える集団を考えるのは、いるか集団の基本的方法でもある。このプロジェクトでも、上述の指針を確認した上で、A案~K案が検討されている。現代生活に対応するために、茅葺き棟以外の部分は、現代の建築材料や工法でつくる(7)という方針が敢えて挙げられるが、移築・再生の結果は、草葺き民家+現代的付属屋という新たな建築の提案となっている。一言で言えば、「循環型社会への一つの提案として受け止めていただきたい」(有村桂子「あとがき」)ということである。
興味深いのは、「文化財」としての扱い、である。高速道路建設に伴う移転費用と文化財としての移転費用の問題など、本書には、極めて具体的に経緯が書かれている。概算見積もり、コスト削減、そして施工会社の決定の経緯についても同様である。茅葺き体験会から職人さんたちの仕事ぶりまで、細かく記録される。こうした記録に値する丁寧な仕事が各地域で積み重ねられることを大いに期待したい。(S.F.)

著者紹介:
いるか設計集団:代表:有村桂子、吉村雅夫 会長:重村 力:1978年8月Team ZOO 象設計集団神戸アトリエとして発足、1981年2月いるか設計集団に改名。 脇町立図書館(1987年、第12回 吉田五十八賞)、 アーサヒルズ(1993年、日本建築学会 霞が関ビル賞)、出石町立弘道小学校(1994年、ARCASIA AWARD FOR ARCHITECTURE GOLD PRIZE(第6回アジア建築家会議金賞))、出石町ひぼこホール(1997年、日本建築学会作品選奨)、 緒方町立緒方中学校(2004年、日本建築学会作品選奨)、豊岡エコハウス(2010年)、 城崎国際アートセンター(2015年、兵庫県 人間サイズのまちづくり賞)など。

布野修司

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