書籍紹介
『トンブクトゥ 交界都市の歴史と現在』
応地利明 臨川書店 2016年1月31日

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稀代のフィールドワーカーによる珠玉の都市モノグラフである。建築、都市計画の分野における住居、集落、都市研究にとっても、必読書と言っていい。
トンブクトゥTombouctouとは、西アフリカ、マリ共和国のニジェール川の中流域に位置する都市である。現在は、人口5万人ほどの1地方都市に過ぎないが、古来、地中海世界とブラック・アフリカを結ぶサハラ縦断交易の要衝として発展し、マリ帝国、ソンガイ帝国時の中心都市として繁栄したことが知られる。交易の主要な商品は、塩と金であり、サハラ縦断のキャラバン・ロードは「塩金の道」と呼ばれた。西欧では、トンブクトゥを「黄金郷」とするトンブクトゥ幻想が19世紀まで人々を引きつけてきた。モスクや聖廟を含むトンブクトゥの歴史地区は、1988年、世界文化遺産に登録されている。
著者は、このトゥンブクトゥについて、1988年以降、10度にわたるフィールドワークを行う。本書はその集大成である。
著者は、トゥンブクトゥを「交界都市」の典型だとする。「交界都市」とは、「2つの異質な世界が接触・交渉する」「インター・フェイスとしてのフロンティア」を体現する都市である。アジア、アフリカでは、他に、中国の張家口、成都、インド亜大陸のペシャワール、ジョドプル、サヘルのアガデズ、そしてトンブクトゥなどが「交界都市」である。グローバルな視野でトンブクトゥを位置づけた上で、実に多彩な角度からトンブクトゥの特性を明らかにするのが本書である。人文地理学を出自とする著者であるが、農業、住居・集落・都市、経済、・・・などその視点は様々な分野を越境していく。というより、それぞれの地域に、それぞれの場所に、それぞれの出来事に世界(の構造)を見るのが著者の基本アプローチである。本書には、この間著者がフィールドで考えてきたことが、トンブクトゥに即して全て収められている。
全体は、15章からなる。「Ⅰ トンブクトゥ幻想―カタローニア図からルネ・カイエまで―」では、地図そして歴史的資料に現れるトンブクトゥが分析される。背景には『「世界地図」の誕生 地図は語る』がある。すなわち、トゥンブクトゥの世界史的な像が明らかにされる。「Ⅱ砂丘列のなかの構築港市」は、遠隔地交易の生態学的基盤が明らかにされる。「Ⅲ 都市編成の構造分析―形態論からのアプローチ―」は、都市空間構成、市壁と袋小路の欠如というマグリブ都市との違い、植民都市のグリッド・パターンの導入に焦点があてられる。「Ⅳ サハラ縦断塩金交易―シルク・ロードとの対比―」そして「Ⅴ 「黒人たちの国々」への道―成立と西遷―」は、交易の歴史を明らかにする。「Ⅵ トンブクトゥ簡史―栄光と凋落―」「Ⅶ 最盛期のトンブクトゥ―歴史地理と施設配置―」「Ⅷ 近現代のトンブクトゥ―植民都市への改変―」と歴史が詳細に振り返られ、「Ⅸ 人口構成とエスニシティ―諸集団共住の実態―」では、現代のトゥンブクトゥの棲み分け状況が明らかにされる。そして「Ⅹ トゥンブクトゥ町家論―「住まい」と「住まう」―」は住居、「Ⅺ 家族の職業―大区別・エスニシティ別特性―」は生業、「Ⅻ 市場活動のエスニシティ・ジェンダー(Ⅰ)―「大市場(ヨブ・ベル)」―」「ⅩⅢ 市場活動のエスニシティ・ジェンダー(Ⅱ)―「小市場(ヨブ・カイナ)」―」「ⅩⅣ 市場活動のエスニシティ・ジェンダー(Ⅲ)―「近隣市場(アルバメ市場)」―」は市場に焦点をあてる。そして、「ⅩⅤ トンブクトゥ周辺の農耕―ニジェール川と砂丘の賜物―」で、トンブクトゥが一方で農耕によって支えられていることが明らかにされる。
大部で、いささか高価ではあるが、地域研究の方法、視点について、実に多くを学ぶことができる。

著者紹介:
応地利明:京都大学名誉教授。1938年大阪生まれ。1960年京都大学文学部史学科地理学専攻卒業、1964年同大学院文学研究科博士課程退学、名古屋大学文学部助手、1966年名古屋工業大学講師、1969年愛知県立大学助教授、1973年京都大学文学部助教授 、1986年教授、同年「南西アジアにおける農業的土地利用の地理学的比較研究」で京大文学博士。94年同東南アジア研究センター教授、98年同アジア・アフリカ地域研究・研究科教授、2000年滋賀県立大学・人間文化学部教授、2005年立命館文学部教授(2008年退職)。著書に、『絵地図の世界像』(1996年、岩波書店)、『「世界地図」の誕生 地図は語る』(2007年、日本経済新聞出版社)、『都城の系譜』(2011年、京都大学学術出版会)、『生態・生業・民族の交響』中央ユーラシア環境史(2012年、臨川書店)など。

布野修司

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