研究室レポート
神奈川大学工学部建築学科 山家京子研究室
Yamaga Lab., Dept. of Architecture, Faculty of Eng., Kanagawa University

研究室のあらまし

神奈川大学・山家研究室は1997年にスタートし、今春の卒業式・修了式を経て、延べ学部259人、博士前期課程39人を送り出しました。建築学科ではそれぞれの研究室には学生たちの通称があり、山家研究室は「家」をとって「ガケン」と呼ばれています。おそらく学生たちの「ガケン」のイメージは「製図室がきれい」(実際には、「比較的に」程度でしかない)。これまで、他研究室との協働や学生たちの行き来も多く、「物理的・心理的に見通しのよい研究室」といったところではないでしょうか。
研究室の正式名称は「都市計画研究室」で、現在はまちづくりを専門とする鄭一止助教とともに研究室運営・指導にあたっています。ここ数年、学部生は13〜15名で多くの学生は卒業設計を選択し、早々と就職先を決めあっさり卒業していきます。院生は1〜4名程度で、どちらかといえば修士設計(修士論文に代わる作品との位置づけ)を選択する学生が多い傾向にあります。論文を書き大学院に積極的に進学してほしい教員としては、ちょっと寂しい状況です。
私自身、「風景あるいは場所の生成」といった抽象的な事象に関心があったり、現在進行中の研究課題は都市再生プロジェクト(アジア、ヨーロッパ)であったり、研究と教育が分離傾向にあることは否めません。ただ、その関心をブレイクダウンすると「場所」「風景」「記憶」「共有」「緩さ」となり、そのあたりで学生との共有を図ることになります。さらに接点をもたせているのが、まちづくりプロジェクト、ゼミの共通テーマ、ウエルカムまちあるきワークショップなどです。神奈川大学は横浜の大学であり、それらの活動の軸は「横浜」です。
ここでは、「まちあるきワークショップ」と、まちづくりプロジェクトとして「六角橋商店街プロジェクト」について報告を行います。(山家)

まちあるきワークショップ

毎年、研究室に所属が決まった4年生を対象に、ウェルカムワークショップを行っています。先生または院生が選んだ横浜のエリアを対象にフィールドワークを実施し、4〜5人のグループに分かれてその土地の特徴を読み込み、さらに魅力を引き出すためにはどのようなことをすれば良いかを考えて提案するものです。各グループには院生もアドバイザーとして加わります。
2014年は独特な雰囲気漂う歓楽街・福富町、2015年は十日市場の異なる特徴をもつ郊外風景のぶつかる場所を歩きました。毎年、コミュニティの促進を図る建築を提案するグループや、仮設的なものを配置するグループなど、興味深いアイデアがたくさん出てきます。ワークショップの後には懇親会も行われ、研究室の交流を深めます。
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六角橋商店街プロジェクト

近年、全国の多くの商店街で活性化を意図した活動が行われています。
横浜市神奈川区にある六角橋商店街は、東急東横線白楽駅と六角橋交差点を結ぶ旧綱島街道に位置し、旧綱島街道沿いの「ふれあいまち通り」とそれに平行する細い路地の「仲見世通り」から構成されています。白楽駅は神奈川大学の最寄り駅で、全学のみならず、ゼミやサークルなど様々なチャンネルで大学と交流の深い商店街です。
戦後闇市として発展してきた昭和レトロな雰囲気を強みとし、「ヤミ市」と呼ばれる夜間イベントなどで多くの人が集まる賑わいがあり、数多くのメディアでも取り上げられています。一方、路地状の通りであることから老朽化した建物の更新時に接道条件を満たさないことや、度重なる罹災により防火・防災の面で多くの課題を抱えています。
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【まちなみ調査と実測調査】
六角橋商店街では、2014年に「人と人のふれあいのまち」「安心安全なまち」「次世代へと受け継がれるまち」をまちづくりのコンセプトとして横浜市「六角橋商店街まちづくりルール」の認定を受けました。
研究室では、ルール運用を目的として審査基準策定のために行われた現状基礎調査をもとに、店舗 業種や建物形状、看板や商品陳列方法、外壁、看板などの「昭和レトロ」あふれる特徴的な建築的要素の調査を行いました。さらに、六角橋商店街連合会の会員や横浜市役所、神奈川区役所、まちづくりコーディネーター、同研究室学生らを参加者としてワークショップやアンケートを実施しました。また、「まちづくりルール」の認定により更新可能となった商店街の現状を記録するために、商店街各店舗の実測調査を行い、商店街全域の連続平面図をCAD図面により作成しました。
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【レトロモデル作法集】
今後、六角橋商店街は「六角橋商店街まちづくりルール」に基づき建替え・更新していくことになります。ルールには土地にまつわる事柄から、建築、工作物、通り抜け通路など7項目にわたる基準が設けられています。まちなみに関しては「連続した賑わいのあるまちなみを保全する」ための「建築物等に関する基準」に「景観と調和したもの」と記載があるのみで、その具体的な基準は明確ではありませんでした。
そこで、本研究室が主体となり、そのルールについて具体的に解説するとともに、新店主や設計者とともにまちなみの良さについて理解を深め共有するためのツールとして「レトロモデル作法集」を作成しました。作法集の作成にあたり、「昭和レトロ」を構成する建築的要素や、まちなみの連続性について意見を求めるために、現在の店主を対象としたまちなみワークショップを行い、六角橋商店街連合会役員や横浜市、まちづくりコーディネーターとともに検討を行ってきました。
内容は大きく3章で構成され、一章は商店街の空間的魅力について絵本を読むように触れることができる内容としています。二章では実際にルールで触れられている安心や安全に関する事柄や、開口部や外壁の素材など建築、空間を構成するルールについて現状の魅力を提示しながら説明しています。また、ルールの基準に記されていない、店主自ら、また学生が発見した商店街の魅力をコラムとして取り上げ、商店街の魅力を共有できるような内容としました。三章は魅力発見マップとして、特に「昭和レトロ」を感じるスナップ写真と商店街のマップを記載し、実際に商店街を歩きながらその魅力を自ら発見できるような内容としました。
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【モデル店舗】
モデル店舗は、「レトロモデル作法集」に説明される配慮すべきまちなみを読み取り、実際に建築デザインに落とし込んだものです。「レトロモデル作法集」とともに建替えや改修の際の指針となるものであり、まちなみ更新のガイドとして機能すると考えられます。
レトロモデル作法集において取り入れなければならない条件として、床面積は100㎡以下、仲見世通りの中心線より1.35m+1mセットバックさせる、安全面に考慮した通り抜け通路を設ける、などが挙げられます。
今回のモデル店舗の用途としてはカフェ+物販とギャラリーなどを想定していますが、色々な業種に対応できるように設計を進めました。研究室内で何パターンかの提案を出し、実際にクライアントと何回か打ち合わせを重ね、実施案を完成させていきました。
最終的な提案では、裏庭部分に「隠れ家のような居場所」をもったテラスをつくり、入ってすぐのところに人が溜まれるスペースを設け、仲見世を通っている人も中が伺えるようになっています。また、入口に吹き抜けをつくることで小さな店舗でも開放的な印象をもてるような工夫もしています。建物の両側に裏通りへ通り抜けできる通路を設け、回遊性をもたせるとともに火災が起きた時の避難路としての活用を期待しています。2階部分はあえてフリースペースとし、テナントによってギャラリーにしたりイベントを開催したりと、今後多様に利用できるような空間になっています。
現在モデル店舗は工事が進められており、施工に学生も少し関わっていければいいなと考えているところです。

【今後の課題】
レトロモデル作法集、モデル店舗は今後六角橋商店街を更新していく上でまちなみを保全していくための指針となります。しかし、まだ更新が始まったばかりの六角橋商店街では、今後様々な業種や世代の人々が参入してくることが想定されます。レトロモデル作法集は、六角橋商店街の更新に応じて、今後も適宜更新されていく必要があります。そのためには、これまでのまちなみ調査をはじめとする様々な調査資料や作法集を次の世代へと引き継いでいくことが重要であると考えています。
モデル店舗やワークショップ、神奈川大学生を巻き込んだイベントは、商店街と学生に親密な関係を築き、今後も商店街に若者の活気を、学生は地域との関わりをもつ良いきっかけとなっています。そしてこれからも親密な関係を維持していくことは「六角橋商店街まちづくりルール」のコンセプトである「人と人のふれあいのまち」「安心安全なまち」「次世代へと受け継がれるまち」をつくっていくきっかけとなるのではないかと考えています。(野田・木下)

山家京子

神奈川大学教授。1959年大阪府生まれ。建築・都市計画。1982年京都工芸繊維大学卒業、1984年東京大学大学院修士課程修了、1992年東京大学大学院博士課程修了、1997年神奈川大学工学部建築学科専任講師、2006年より現職。共著に『建築空間計画』『建築・都市計画のための調査・分析方法[改訂版]』『建築デザイン用語辞典』『空間デザイン事典』など。

野田雄大

(株)JFE設計。2016年神奈川大学大学院博士前期課程修了。

木下優奈

神奈川大学大学院博士前期課程2年。

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