これからの建築 - ココに注目!
走り出したリノベーションまちづくり

建物のストックが増え続ける時代の中で、遊休不動産を活用するリノベーションまちづくりに取り組んでいる。個別の建物のリノベーションを半径200メートルくらいのスモールエリアに集積させてまちを再生するやり方だ。大きな再開発プロジェクトなどに比べると、既存の古い建物を新しい使い方で再生する小さな地味なプロジェクトだ。しかし、小さなエリアに小さなプロジェクトがたくさん集積すると、まちが賑わいを取り戻す。古い建物も、何だか誇らしげに見えてくる。古びたカビ臭いまちに新しいコンテンツが入ってくると新旧のギャップが感じられてこれがたまらなく面白い。ユニークでどこかアジアチックな街並みができ、まちが輝き始めてくる。路面には、新業態の飲食業、カフェ、コーヒー屋、角打ち、バル、全粒粉のパン屋さんや雑貨屋、帽子屋、自転車屋さん等の若い経営者の店が並んでいる。上層階には、シェアオフィス、シェアアトリエ、ゲストハウス等々が入っている。まちを行き来する人たちの雰囲気はカジュアルでおしゃれだ。職住育遊が混然一体となった日本型コンパクトシティが出来上がってきているようだ。新しい時代の新しい暮らし方が育ち始めていることを実感する。

こういうリノベーションまちづくりは、千代田区の神田・裏日本橋エリアで2003年から始まった現代版家守(やもり)の活動に端を発している。オフィスビルの2003年問題の影響で、神田・裏日本橋界隈の老朽化したペンシルビルに空室が大量に発生した。空きビル問題を解決すると同時にこのエリアにSOHO事業者の産業クラスターを創り出す千代田区のSOHOまちづくりビジョンとでも呼ぶべき提案「中小ビル連携による地域産業の活性化と地域コミュニティの再生」が2003年春発表された。同年このビジョンを実現する民間主導のまちづくりプロジェクト「神田RENプロジェクト」を開始。セントラル・イースト・トーキョー(CET、セット)という空きビルがひしめく東神田、馬喰町一帯を毎年10日間ギャラリー街に変えるアート・デザイン・建築が融合したイベントを実施した。CETはその後9年間続き、多様なクリエイターたちをまちに呼び込む手助けとなった。その結果、現在までに200~300の新しい店舗やアトリエ、オフィスがCETエリアに進出し、寂れていた問屋街が活性化してきた。

2009年秋、このやり方に注目した北九州市の担当者が訪ねて来た。市の中心小倉駅周辺が空き家、空きビル、空き店舗だらけになっている。この空間資源を活用して、北九州市の都市経営課題を解決するまちづくりをプロデュースして欲しいとの依頼だった。高所得層の人たちが市外に流出する傾向が顕著で、これが続くと都市経営を継続することが難しい状態に陥ってしまう。そうならないように、空き家、空きビル、空き店舗に新たな都市型産業を集積させ、その周囲に都心居住してもらうことを民間主導で実現できないだろうかとの相談だった。現代版家守活動の真髄をとてもよく理解した依頼内容だった。

千代田区での神田RENプロジェクトは、民間だけでどこまでまちを活性化させることができるかという試みだった。民間が元気よく面白いことを行う。やがてアートギャラリーが出店し始め、カフェやトラットリア、ジュエリーショップ、センスの良い雑貨屋さん等々が次々に出店してくる。同時に、アーチスト、デザイナー、建築家、編集者など多くのクリエイターたちがオフィスやアトリエを構えた。さらにこれらに影響されて様々な業種が進出してくる。まちはどんどん活性化するが、その先まちがどこへ向かって変化していくのかよくわからなくなってきた。これが神田・裏日本橋エリアの10数年間の動きだ。

北九州市では、現代版家守の活動を行政と連動して行う、民間主導の公民連携のまちづくりにすることを初めから丁寧に組み上げてみた。まず行ったことは、小倉駅周辺のまちを変えるビジョン「小倉家守構想」の検討だ。従来「構想」と言えば、絵に描いた餅のようなものと揶揄されていた。実行力がありパブリックマインドを持つ民間人を委員として選び、実現可能な構想を検討する委員会をつくった。同時に、構想をコンセプトとしたプロジェクトを小倉家守構想検討委員会から創り出すことを行った。それは、志を持つ不動産オーナーの方々3人を委員会メンバーに選んだからできたことだ。従来型のエライ人たちが充て職で委員になるのを止めてもらった。委員会もちゃんと機能するものにイノベーションしていかなければならない。リノベーションは、リ・イノベーションだ。続いて行ったことは、民間の遊休不動産を活用する事業を実現する際に補助金をつけないやり方だ。民間の人たちが自立する力をフルに発揮させることこそ重要なのだ。小倉家守構想に基づくリノベーション事業は、2011年から小倉魚町3丁目界隈の裏通りや路地裏から始まった。その動きがどんどん加速し新しい店舗が集積し始めた。裏通りや路地を歩く人は飛躍的に増え、月坪当たり5,000円まで下落していた賃料は、15,000円まで回復してきている。

小倉家守構想をつくる過程で考え出したのが「リノベーションスクール」という本邦発(あるいは世界初かもしれない)の新しい実践的な学校だ。スクールは、リノベーションまちづくりのエンジン役になっている。実際の空き物件を不動産オーナーから題材として提供してもらう。スクールの参加者は、これを活用するリノベーション事業提案を3~4日間徹夜で考えて不動産オーナーに提案する。スクール終了後、北九州市に出来てきた家守会社がこれをプロジェクト化してまちを変えるというものだ。リノベーションスクールが出来た基盤には、HEAD研究会という一般社団法人がある。建築、建材部品、不動産とをつなぐユニークな組織で、現在11のタスクフォースが活動中。社会人と学生たちが入り交じって自立・持続する動きを創り出している。中でもリノベーションタスクフォースには、日本のリノベーション業界を牽引するメンバーがごっそり揃っている。彼らが中心となって運営するリノベーションスクールは、北九州市で半年毎に開催されて、ここから次々にリノベーションプロジェクトが生まれ小倉魚町3丁目界隈のまちが活性化されてきた。さらに、若松地区、門司地区、黒崎地区にも家守会社が誕生して、ここでもリノベーションまちづくりが始まっている。

北九州市で2011年夏始まったリノベーションスクールは、3年ほど前から全国各地で行われるようになった。北九州でのリノベーションスクールの参加者が、自分のまちでもスクールを開いて欲しいと要望してきたからだ。昨年度は20都市でリノベーションスクールが開かれ、2016年度は少なくとも30都市以上で開催される予定だ。そして、全国各地に民間の自立・持続する家守会社が次々に誕生し、補助金に頼らないリノベーションプロジェクトが出来、まちが変わってきている。日本が縮退化する中で、今よりも楽しく健康に暮らせるまちを創り出すことを目指すリノベーションまちづくりの動きは勢いを増すばかりだ。

皆さん、リノベーションまちづくりって、楽しいですよ。ぜひリノベーションスクールやまちのトレジャーハンティングの機会に、参加してみましょう!

リノションスクールはリノベーションまちづくりのエンジン

リノションスクールはリノベーションまちづくりのエンジン

清水義次

1949年山梨県生まれ。アフタヌーンソサエティ代表。都市・地域再生プロデューサー。東京大学工学部都市工学科卒業。
マーケティングコンサルタント会社を経て、アフタヌーンソサエティ設立。北九州市小倉家守プロジェクト、岩手県紫波町オガールプロジェクトなど、民間のみならず公共の遊休不動産を活用しエリア価値を向上させるリノベーションまちづくり事業をプロデュースしている。

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