谷中の現在
東京、谷中で築60年の木造アパートをリノベーションした施設「HAGISO」を経営しつつ、その二階で設計事務所HAGI STUDIOを営んでいます。谷中にはHAGISOが萩荘であった学生時代の2006年以来、10年ほど住んでいます。
HAGISOを手がけたことをきっかけに、株式会社リノベリングが手がけるリノベーションスクールや、各種業界団体のお誘いをきっかけに、多くの地方都市における中心市街地の衰退する現場を見て回りました。私の故郷の群馬県前橋市でも地域衰退の危機感という意味では、切実な現状です。
一方で谷中においては、東京都内ということもあり、これとは少し違った状況が生まれています。外国人観光客を中心に、少なくとも10年前に比べて来訪者が圧倒的に増えているのです。これには商店街の施策や、町会の催す多くのイベントなどが奏していると言えますが、戦災を免れたことによる古い建物や路地が残ることや、寺町の風情に対して価値を見出す人が増えたともいえるでしょう。
観光のもたらす作用
しかしながら、近年は少し違った問題が生まれているのも確かです。
一つは、団体観光客と狭い路地の家々の摩擦。生活との距離が近い路地の性質上、多くの人が大声で話しながら歩く団体客との相性は良くありません。これにより、小さなトラブルが発生しているようです。
もう一つは、家賃相場の上昇による店舗の変化。特に谷中銀座商店街では月坪2万円以上となるところが多く、どうしても観光客向けの店舗に変わっていってしまっています。
もう一つは、風情を残す建物の喪失。土地の不動産価値が上がることで、更地にした上での売買を助長し、古い建物がかなりの勢いで無くなっています。また、行政の進める木造密集地域に対する不燃化、道路拡幅促進の政策により、修繕よりも鉄骨三階建への建て替えを選ぶ場合が多くなっており、街の風情を残す建物が少なくなってきました。
これらの現象は、皮肉なことに谷中の評価が高まるほどに勢いを増してしまっています。街の魅力が顕在化するほどに、その本質が失われてしまっていくというのは非常に悲しむべきことですが、他の地域でも常に繰り返されてきた現象でもありますので、逆らえない部分があるのも事実です。実際この数年、街の魅力を担ってきた魅力的な小さな店舗を営む若い人たちが、谷中から去っていくことが多くなりました。自分たちの提供するものを届けたいお客さんだけではなく、多くの「観光」目的のお客さんの相手をしなければならず、家賃は上がり、街の風情が消えていくのですから、無理はないのかもしれません。開業してしばらく経ち、子供もできて暮らしながら働くとなると、家賃の高さ、保育園の受け入れの少なさなど、東京は厳しい環境が待っています。彼らは決まって、地方に移住していきます。そういう意味では、実は貴重な人材を流出させてしまっているのは東京なのではないかと思うこともあります。
何もせずにじっとしていれば嵐は去っていくかもしれませんが、その頃には町が消費され、どこにでもある町になっていくかもしれません。それは到底我慢ならないことですので、私は行動することを選びたいと思います。私たちが必要なのは何がこの町の本来の魅力であるかを、きちんと自覚し、共有して、意図的に選んでいくことではないでしょうか。そのために私が取り組んでいることをご紹介します。
hanare
hanareは、2015年から始めた、宿泊施設です。「まちを大きなホテルに見立てる」ことをコンセプトにしています。拠点性を持ち始めたHAGISOをレセプションに、私たちが実際に提供するのは宿泊棟のベッドのみ。通常のパッケージ型のホテルに詰め込まれている様々な機能は町の既存の施設にアウトソースします。銭湯チケットが宿泊料に含まれていますので、大浴場は銭湯。レストランは町の美味しい飲食店を紹介し、お土産は商店街で、文化体験はお稽古教室でおこない、レンタサイクルは自転車屋さんで借りるというものです。
私たちの目線で見た町の魅力的なお店を紡ぎ合わせ、一つの連続した体験をお客様に伝えます。
ハナレポーターズ
hanareで提供する情報で重要なのは、まちの魅力をいかに見出し、伝えるか。
いわば編集的、メディア的な側面です。そこを補完するために、今準備しているのがハナレポーターズというメディアです。ボランティアベースのレポーターによって、私たちが話を聞きに行きたい店舗やキーパーソンの方にインタビューを行っています。個性的なこれらの人たちこそ町の宝であるということを顕在化させるメディアにしたいと思っています。
アルベルゴ・ディッフーゾ
そんなかたちで宿の運営をしていたところ、嬉しいお誘いをいただきました。イタリアのアルベルゴ・ディッフーゾ協会より、非西欧圏で初めてのアルベルゴ・ディッフーゾ登録宿として認定いただいたのです。アルベルゴ・ディッフーゾとは、直訳すると「分散した宿」。イタリアの過疎化した村落の空き家を宿にし、町のレストランなどがレセプションを担うという、まさにhanareのコンセプトと同じコンセプトを持った宿泊形態が、すでにイタリアでは普及していたのです。これらの村落では、街全体でゲストを歓迎し、その村落でしか味わえない風情や体験に満ちています。このように、地域の本質的な価値を共有し、その地域に合った形の観光を見出して推進していくことで、消費されない町が形成できるのではないかと思っています。
明日の観光をめぐる規制緩和の必要性
先日、首相官邸で行われた観光庁主催の会議、「歴史的資源を活用した観光まちづくりタスクフォース」に参加してきました。明日の観光のあり方について、政府も現在の旅館業法や建築基準法の枠組みが狭すぎることを意識しているようでした。現在の旅館業法では基本的にすべての宿泊棟に玄関帳場や管理人室が必要となり、小規模宿泊棟のネットワークを形成するアルベルゴ・ディッフーゾ型の宿泊スタイルをほとんど不可能にしています。特区などを用いて例外的に適用させようとしても、自治体の条例でさらに無効化する選択がなされ、相殺されてしまっている例もあります。
一方で、旅館業法から外れてくる民泊をめぐる状況としては、旅館組合などに出席すると、いくつかの旅館は現在の違法民泊の影響をうけ稼働率が低迷していたり、周辺住民とのトラブルも散見されます。これらは、「箱」だけ貸して転貸差益をとることだけに念頭を置いてしまっている提供者が旅館との価格競争に陥っている場合がほとんどで、地域独自の価値を提供するという民泊の本来の意義を見失っている、もしくはうまく実現できずにいるからだと思います。
その意味で、現象としての民泊に後手に回った法令などができるだけでは、中途半端な消耗戦が続き、淘汰を促進させてしまうと思います。地域が地域ごとにきちんと総合的な観光ビジョンを選択し実行していく必要がありますし、選択できる環境が必要だと思います。
HATSUNEAN
これらの状況に立った上で、現在取り組んでいるプロジェクトが「HATSUNEAN」です。商店街から一歩入った路地裏にある住宅をリノベーションします。ここには、お惣菜カフェ、小さなアクセサリーアトリエ/ショップ、オーナー事務所、住居が入る予定です。お惣菜カフェは、谷中に本来溢れていた地域住民のための空間。アクセサリーアトリエ/ショップは、地域に住み、ものづくりをして自ら売る、製造販売のお店。これらを提供することで、この町本来の魅力をもった場所をまたひとつ、作って行きたいと思っています。
HATSUNEANは、HAGISOやhanareの活動を見ていてくれた地域のオーナーが、地域資源を生かしていく手法に共感してくださり、物件のリノベーションとプロデュース、運営を委ねてくれたことで始まりました。このような連鎖的な展開が生まれてくることは非常に嬉しいことですし、この成果自体がまた次の共感を産んでくれるよう願って取り組んでいます。
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