建築家自邸シリーズ 003 木下道郎邸
木下邸を読む
Interpreting of Kinoshita's house

建築計画評価委員会が建築家の住宅を記述する3回目は、木下道郎氏の自邸「ドッグハウス」である。2005年4月に竣工したこの家には、木下道郎氏ご夫婦が大学生と高校生の長男長女の2人の子どもと暮らす。三鷹市下連雀は、古き住宅がゆったりとした時間とともに、それぞれの生きた時間を個性として刻みながら建ち並んでいる場所である。そんな第一種低層住居専用地域にあった家を改築して生まれたドッグハウスは、11m×18mの敷地いっぱいに、南と北側の隣地の境界に木目が透ける墨黒の壁を立ち上げて、二つの空間が東西に長い外部デッキを挟んでいる。北側の外壁はガルスパンというガイバリウム貼で、どちらの隣地に対してもその壁はほどよく低く、全体の住宅地の景観になじんでいる。
木下邸の魅力を目一杯に楽しんだその場の記憶をたどりながら、そして送っていただいた1/100のプランを見ていると、その名前から犬小屋のように耳を立てた部屋を並べた住宅に潜む、木下さんが空間として解いたいくつかの仕組みが読めるような気がしてくる。

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-住む広場-

個人の部屋4つは大きさが全く同じで、デッキに向かって2mの高さの低い軒が続く姿は、平入りの町家が住宅の中に街の景観をつくっているように見える。家族のひとりひとりが個人の空間を持ちながら、デッキに向かって均等にそれぞれの部屋を繋いでいる。大きくゆったりと傾斜した屋根によって切り取ることができる空は広く、家族全体が住むための広場を持つ気持ちのいい住宅である。シマトネリコが若葉をつけているデッキの東端に座ると、個室も家族室も全部に目を向けることができる程に、開いた住宅がそこにある。
間仕切りを収納する二重になった壁が、住宅の内部と外部との境をつくる。南側個室の間仕切りは全て西に向かって開くように設計されているのは、家族室の方向に個室が向かう仕組である。北側キッチンの間仕切りは逆に個室に向かって東に開くようにつくられていて、家族室と個室との相互浸透的な空間がそこに織り込まれている。しかし、4つの個室と同じ西の方向に間仕切りを開けながら、東のデッキ端部に近い洗濯室とバスでは、この間仕切りが空間を逆に閉じる仕掛けともなっていることに気づく。

-間の深さ-

玄関に入るといくつかの小さな部屋が縦に並ぶ。玄関の収納、トイレ、数多くのCDコレクションの棚が、リビングに続く廊下に縦に重ねられて、外から住宅内に入る時には、重なった空間の襞をすり抜けて、デッキの緑を見ながら白いソファーが置かれているリビングに至る。限られた空間の中にその層を沢山ギューと押したたんで住宅の奥と深さをつくり出している。
この玄関を含む北側の棟には家族室(リビングとダイニング)があり、南側の棟に風呂・洗濯室・家族4人の個室が配置されている。この並びは、デッキに植栽のスペースを玄関の廊下に沿って空けたことで、その空間構造が決まったように思える。植栽のスペースは玄関からリビングの途中まで切られている。ちょうど南側の長男の部屋の壁のところまでで、この植栽スペースの脇に狭い廊下が長女、夫人室に伸びている。これは、玄関、家族室、風呂、洗濯室、木下氏、長男、長女、妻の部屋が左回りに螺旋を描くように並び、手前を玄関とすると女性の部屋を住宅の奥に位置づけるように計画したものである。植栽のデザインに部屋の並びと空間の奥行きをきめる力を持たせた平面構成は魅力的である。

-住のたね-

木下さんが「お風呂を家族室側にすればよかったかもしれない」と漏らしているのは、高齢になった時の使い方を考えてのことである。風呂は個室につくよりもリビングやダイニングといった家族の集まりの部屋にあることを考えておられる。しかし、キッチンとバスを結ぶ中庭に屋根を付けて内部化することや、子どもたちの独立後に子供室を挟んで両脇にあるご夫婦の部屋が、その2室をそれぞれのユーティリティールームに使うこと、ご夫婦が別寝から同寝に変化する時にこの4つの部屋が一体化されること等の様々な変化が可能で、ご自身がその時々の年齢にあった空間へと自邸を変化させていくことを想像させる。それほどに、この家は住まいの種のような魅力ある建築である。
自邸の設計に対峙して、「やりたいことを整理できない停滞の期間」も抱えながら、木下氏が7年かけたこの設計には、沢山の思いとアイディアと空間の仕掛けが込められている。私が読めるのはそのほんの少しで、大きな勘違いもあるのだろう。木下氏がシマトネリコの成長や花の開花を愛でるように、この家が住み手の変化に対応して成長していく様子もほんのりと豊かな時間を感じさせてくれる。自邸の設計に込められたこの大きな楽しみを持ち続けられるのは優れた建築家の特権である。

西村伸也

新潟大学工学部教授。工学博士。1978年東京大学建築学科卒業。1985年東京大学大学院工学研究科建築学専門課程第1種。2000年10月~2001年7月フランス中央学院研究所研究員。現在、地域住民・行政・学生共同の長岡市栃尾地区にて雁木を再生するまちづくり・三条市のポケットパークまちづくりを主導。

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