1.はじめに
平成28年4月14日と16日に熊本県熊本地方を震源とする震度7クラスを観測して以降、一連の地震活動によって県内だけで約3,500棟にも及ぶ住宅が全半壊したといわれる。本震後から3か月を過ぎた時点で震度1以上の余震は約2千回にも及んでいる。7月末時点で県整備の応急仮設住宅は、16市町村、93団地、3,813戸が着手され、12市町村、62団地、2,871戸が工事完了している。
応急仮設住宅の供与については、災害救助法(平成25年内閣府告示第228号)で定められており、談話室や集会所などの建設も一定の基準が設けられている。国土交通省住宅局住宅生産課がまとめた「平成24年の応急仮設住宅建設必携(中間とりまとめ)」や「東日本大震災における応急仮設住宅の建設に係る対応について」などからは、応急仮設住宅における建設主旨と基準だけではなく、阪神淡路大震災や東日本大震災での教訓を踏まえた柔軟な対応の可能性が示唆されている。近年、避難所や応急仮設について研究者や建築家などから実践的活動を通じて得た成果や課題の指摘などが各種出版物、報告書、WEBやシンポジウムを通じて広く情報公開されている。
本報告では、熊本震災応急仮設計画の特色「熊本型D(デフォルト&デザインの略)」について紹介する。なお、応急仮設住宅の枠組みのひとつである「民間借上げ住宅」に関しては触れていない。
2.「熊本型D」について
「熊本型D」の意義は、初動にあり、全仮設団地に及ぶ履行度合にある。
熊本県が対応している応急仮設住宅整備は、上記「災害救助法」に基づくものであるが、過去の教訓をふまえ、内閣府をはじめとする国の関係各機関、被災市町村や建設関連団体等と緊急協議を重ねながら、総合的な配置計画や建設体制などを決定したものである。これらの過程の中で、県が28年間継続し続けている「くまもとアートポリス(KAP)」活動と連動したことが地域性をふまえた仮設住宅環境をうみだす原動力のひとつとなっている。図-1は、国土交通省住宅局住宅生産課が作成した資料をベースに作成した「熊本県応急仮設住宅の供給に関する関係主体と役割」のダイアグラムである。
D—1 ゆとりある配置計画(150㎡/戸)
D—2 隣棟間隔(プレハブ棟:5.5m、木造棟:6.5m)
D—3 住戸に近い駐車場の配置
D—4 住民コミュニティなどに配慮した住戸タイプ配置
D—5 仮設住民が集いやすい集会所と談話室の配置
D—6 住棟平行軸と垂直に有機的路地動線を配置し、庇やベンチを設置
D—7 各住戸の遮音、ペアガラス、網戸、掃出し窓と濡縁の設置
D—8 集会所と談話室は、規格型と本格型の「みんなの家」として計画
D—9 木造仮設棟の基礎はRC造
D—10 住宅入居後の住環境整備カスタマイズを想定
これらは、特色ある住戸計画、配置構成や独自施設が散在するのではなく、全ての仮設団地に初期設定として一律に確保されることを前提として整備するものである。建設時に提供敷地の地割れが偶然発見された場合や市町村の要望による緊急追加要請に対応せざるを得なかった場合などのレアケースを除き、総体的な達成度は高い。
県は発災直後から蒲島郁夫知事の要請により、KAP伊東豊雄コミッショナーとアドバイザーを含めた会議の場を持ち、上記10項目の骨子を固めた。知事の提唱する「創造的復興」及び「被災者の痛みの最小化」という理念と合致しているために担当部署の動きが円滑におこなわれ易い状況にあった。この背景には、東北大震災時のKAP仙台市宮城野区みんなの家プロジェクトや「九州北部豪雨被災地における熊本県阿蘇市住民の仮住まいの姿-木造応急仮設住宅整備の過程」(建築雑誌|vol.128 No.1642|2013年3月号)に紹介したKAP阿蘇みんなの家プロジェクトなどの実績がある。
一般に激甚災害における応急仮設住宅整備では、一日も早く供給することを第一の目的とするため、国土交通省の要請を受けたプレハブ建築協会関連企業が、集積してきたノウハウをもとに敷地に応じ、住戸タイプや配置計画を迅速に県に提示し、承認の上、建設がスタートする。図—2は、先の応急仮設住宅建設必携(中間とりまとめ)」などで示された基準に基づく東北大震災後の応急仮設敷地の事例を基にした従来型配置計画例(左)と「熊本型D」を考慮した配置計画例(右)である。従来の仮設団地と大きくイメージがことなるのは図—3に示す東西軸隣棟間隔とD—6の南北軸の有機的路地(写真-1)である。俯瞰してみるとD—3駐車場とD—5集会所・談話室の配置が特徴的である。従来型から「熊本型D」に変更するためには、戸当たりの面積加算が重要である。東北大震災の仮設データから約125㎡/戸程度(釜石市などのデータ約100件から抽出した平均値:最小約85㎡/戸、最大約285㎡/戸)とみていた。不正形な敷地、レベル差、樹木や地割れなども視野に入れ、D—1の150㎡/戸という基準が全体を推し量る目安として設定され、計画及び建設作業が進行している。現時点で計画遂行に適した基準設定であり、重要なポイントであったと改めて考えるに至っている。
D—9の木造RC基礎は、地盤が余り良好でない敷地と余震が続く中での木造仮設であることから設定された。応急仮設住戸の供与期間は工事完了した日から2年以内(建築基準法(昭和25年法律第201号)第85条第3項又は第4項に規定する期限)となっているが、RC基礎の場合は特別な状況に応じて供与の延長が考えられなくもないことは想定内であろう。先に記した阿蘇木造仮設住宅の一部は木杭基礎を後からRC基礎に変更し、現在も使用され続けているという事例もある。
3.「みんなの家」談話室と集会所整備
災害救助法では、同一敷地内等に概ね50戸以上設置した場合、集会等に利用するための施設を設置できるとしている。
D—9の談話室(40㎡)と集会所(60㎡)は、「みんなの家」の理念(熊本県HP:KAP参照)によって整備し、20戸以上に談話室1棟、50戸以上に集会所1棟、80戸以上に談話室と集会所各1棟ずつが設置される。「熊本型D」では、まず規格型と呼ぶ木造の談話室と集会所(図-4、写真-2、3)を仮設住戸建設と並行して整備し、80戸以上の団地おいて談話室を整備した後に入居住民との意見交換ワークショップを経て設計される本格型「みんなの家」集会所をつくるパターンも組込んでいる。規格型といえども従来の既成プレハブ集会所とは異なり、単なる集会スペースを確保するのではなく、被災者に安らぎを与え、コミュニケーションの場となりうる大きなリビング空間として機能することに注力している。
7月末時点で、規格型は集会所24棟、談話室39棟の計63棟が計画されており、最終的には70棟程度が見込まれる。本格型「みんなの家」集会所(最大10棟程度)はスタートしたばかりであり、改めて成果の報告をする。
集会に特殊な機能が求められる場合、20戸未満の仮設団地や小規模仮設団地が集中している地区には、民間資金等を活用した提案型(プッシュ型)の「みんなの家」も想定している。本格型や提案型の設計を担当する建築家は、KAP伊東コミッショナーの推薦による。
4.住環境カスタマイズ整備
D—10の住環境カスタマイズは、入居住民のよる自然発生的なものと大学等の学生や民間団体等々のボランティア支援による団地固有のものが従来型とすると、全団地を対象に想定したベーシック・メニューの提示といえる。
基本的には、L-project(集会スペースの後付け家具整備等)、S-project(小路の活性化整備等)、B-project(幟目印などの整備等)F-project(花壇などの整備等)A-project(住居表示案内板の整備等)O-project(自由な発想の整備等)の6プロジェクトである。それぞれの活動はKAPのFB等で活動が随時報告され始めているのでチェックいただきたい。
5. まとめ
「熊本型D」の概略について簡単に説明した。筆者は、これまでの様々な災害整備経験の検証と情報共有が、熊本震災後の応急仮設住宅整備に大変有効に働いたことを実感している。また、国、県、各市町村をはじめ、全国的な行政支援職員、建設関係者、学識経験者、各種ボランティア団体が相互に融通の幅を広げた対応を心がけていただいたことが「熊本型D」の実現を可能にしたと確信する。KAPの役割は幅を広げる楔のようなものである。儀礼的な結語ではない。相互理解こそが、画一的な応急整備に陥る状況下において被災地域の固有性に沿った創造的復興を実現する唯一の鍵となる。
最近のコメント