建築の大学院を卒業後、どこにも就職しない決断をした。面白いもの・新しいものをビジョンなく標榜する建築教育やアトリエ組織のあり方が、誰のために、何のためになるのかが、当時の自分には理解することができなかった。
住まい手、職人、設計者が、同じ方向を向き、手を取り合う。三者が「学び合い・ともにつくる」建築のつくり方を実現したいと思った。2010年7月、私と妻の河野桃子+職人二人のメンバーは、「ともにつくる」の理念を掲げ、つみき設計施工社を創業した。26歳の時だった。
参加型リノベーション
‘参加型リノベーションを通じて、あなたが実現したい暮らしを、ともに作り、ともに育てる工務店です’ (弊社HP http://tsumiki.main.jpより)つみき設計施工社のサービスはシンプルだ。住宅や店舗、地域施設を、住まい手・家族・地域住人と、一緒につくること。住まい手は、設計や施工の一部に参加し、職人や設計者が指揮を執る。現在、年間大小20件程の参加型リノベーションを手がける。施主の参加度はプロジェクト毎で様々だ。
つくることが愛着とコミュニティを生む
参加型リノベーションを通じて得られるのは、ハードだけではない。自分の手を介して空間をつくることで生まれる、場への愛着。そして恊働した仲間との絆。プロとの恊働によって得られるDIY技術も大きいだろう。
住宅の住み手は、セルフメンテナンスの技術や、それを共に楽しむ仲間と出会い、店舗開業者は、開店前から店への愛着を持つファンコミュニティの獲得へとつながる。
エリアを絞り、まちを変える力に
参加型リノベーションのこれらの効果を、もっと引き出せるのではないかと想像した。今から約2年前、参加型リノベーションの設計施工を請け負うエリアを限定することを決めた。重点エリアは、「市川市内」。私たちが、住み、働く町だ。
限定的エリア内で重点的に場の開発を行えば、場への愛着は、町への愛着へと変わり、生まれるコミュニティはより日常的・実利的なものへと深化すると期待した。2年間で市川市内での参加型リノベーションによって、十件程の場が市川市内に生まれた。少しずつではあるが、確かな町の変化を実感している。
123ビルヂングの誕生
その流れを象徴するプロジェクトが、市川市初のビル1棟シェアアトリエ「123ビルヂング」だ。2015年、omusubi不動産・殿塚氏の声がけから、立ち上げと運営を、2社で恊働した。
http://123building.jimdo.com
最寄りのJR本八幡駅から徒歩22分、3階建てビルは廃墟の様だった。ベッドタウンのど真ん中、魅力的な文化的文脈のないこの地に、本当に若者が集まるのか、不安もあった。
キックオフ後、市内に拠点を置く様々な事業者の協力を得た。入居者や地域住人によるDIY・参加型リノベーションによって、この場所を拠点に、人と人、人と場所の結び付きが生まれた。キックオフから半年後には、10組11名のクリエイターが集まる満室のシェアアトリエへと生まれ変わった。
東京ではない、住む町で働く選択肢
10組の入居者は、グラフィックデザイナー、アイシングクッキー作家、古道具店、自転車のフレームビルダー、陶芸家等、実に様々だ。入居者の属性や入居動機から、123ビルヂングが、市川のまちの中で持つ役割を読み取ることができる。
– ① 自転車で通えるアトリエ
10組の入居者の内、8組が市川在住、残り2組も隣の船橋市在住。ほとんどの入居者が自転車または徒歩でアトリエに通えるエリアに住む。最寄り駅徒歩22分という一見最悪な立地も、市内居住者にとっては、自転車で通える好立地だ。
– ② 住まいの近くで製作・販売できる場所
10組中7組が、入居前から自身の活動や事業を持ち、内ほとんどが、「A.これまで製作や販売などの活動の拠点があった都内・地方以外に、市川近辺にある自宅近くに活動の拠点を持ちたかった」ことが入居のきっかけとなった。続いて、「B.自宅では手狭になった」ことも大きい。残りの3組は、アトリエへの入居と同時に新規事業を起した。
– ③ 活動の場を、低負担で。
3階建てのビルは計10のスペースに区切られ、各々5㎡〜30㎡程度と様々だ。平均的なスペースは、6帖程度の個室が2.5万〜3万強程度で家賃設定されている。事前の改装を最低限に止め、DIYリノベーションを前提としたことも、低家賃化につながった。都内のシェアアトリエスペースと比べ、家賃による入居ハードルも低く抑えられた。
空家が、ベッドタウンを変える
123ビルヂングは、ベッドタウン・市川における空家・空きビルの可能性を予見させる。
– 123ビルヂングをきっかけに、活動の軌道を得た作家は、自宅から町へと活動の場を広げ、クリエイターは、満員電車に揺られてわざわざ都内に拠点を求めることなく、自宅近くのアトリエに自転車で通う。-
44万人の市川市民の内、6割以上が、満員電車や渋滞をくぐり抜けて、通学通勤しているのが現状だ。全国の動向から漏れることなく、主要駅から離れるほど空家化が進む市川。都内にわざわざ出ることなく、住む町で自分らしく働く選択肢、若い作家・クリエイター・起業家が挑戦するための基盤は、まだまだこの地に増やすことができる。
住んで、働ける面白い町へ
面白くないベッドタウンだからこそ、いくらでも面白くできる。私はそんな妄想を抱きながら、市川市という町で、工務店業を営んでいる。エリアを限定し、参加型リノベーションを重ねることで、人と場を掘り起こし、絆げ、活発化することができる。この町が面白くなること。それは、この町で住み働く私自身が、誰よりも望んでいる。
私は、ともにつくる建築のつくり方を、極めたい。ともにつくるという実践を通して、もっともっと町を面白くしたい。2016年夏、これらのノウハウと事例を整理、記録、共有を目的として書籍化することを予定している。
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