1.研究室の発足と活動方針
福岡大学において池添研究室の活動がスタートしたのは2008年4月ですので、2015年度で8年目となります。これまでに研究室に所属した学生は、2015年度の学生を含めて学部生77名、大学院生2名で、まだまだ歴史の浅い研究室です。
専門分野は建築計画学であり、研究室配属における研究テーマは、「持続型居住環境の計画とデザインに関する研究」としています。福岡大学に着任する前は、九州大学で10年間、竹下輝和教授のもとで助手・助教を務めており、学生時代を含めると19年間を九州大学で過ごしました。建築計画学の研究は、フィールドを持って生活と空間の関係を調査することが基本となります。福岡大学に教育・研究の場を変えて、引き続き九州・福岡の地で研究を続けることができるのは大変な幸運であり、研究室の立ち上げは比較的スムーズに行うことができました。
研究室の主な学生は学部4年生であり、研究室の活動は卒業計画のゼミを中心とした活動となります。福岡大学建築学科では、4年生で取り組む卒業計画は論文か設計の選択であり、池添研究室のこれまでの所属学生の選択は論文が約4割、設計が約6割の比率となっています。卒業計画に取り組むにあたり研究室として重視しているのは、①ともに議論するために研究室の建築に対する考え方・姿勢を共有すること、②約9カ月間の活動で論理的思考力を身につけること、③自身の卒業計画においてささやかでも新しい試みを目指すこと、以上の3点です。卒業論文は研究室で取り組んでいる複数の研究テーマを提示し、その中から選択することを基本としています。その理由は、学生が建築計画研究の一連の方法を経験すること、継続的な研究によって蓄積された研究室の知の中で自分の研究が学術的にどのような価値があるのかを意識することが重要だと考えているからです。一方、卒業設計は学生の自由な発想をベースにしながらも建築は社会的存在であることを前提に、現代的な課題に対する新しい建築的解答を示すことを目指しています。
2.建築計画研究室としての姿勢
学生が研究室に入り最初に取り組むのは、研究し論文の形で表現することの基本的態度、我々が取り組む建築計画研究方法論の基礎、以上の2つのテーマで学習・議論するオリエンテーションゼミです。2つのテーマに関するテキストを指定して入研前に学生がテキストを読み込んでレポートを作成し、そのレポートをもとに4月のゼミで議論を行います。建築計画研究の方法論の基礎学習は、私が学んだ九州大学竹下研究室で伝統的に続けられてきたオリエンテーションゼミのDNAを引き継いだものです。竹下研のオリエンテーションゼミは建築計画学の方法論を磨くための理論ゼミで、青木正夫先生の「理念と方法」を軸に初期使われ方研究方法論に関する複数の論文や論考をテキストとして、教員と院生を含む研究室全体で徹底的に議論していました。池添研ではそこまで本格的に取り組むのは難しいため、1989年初版の彰国社の「建築計画教科書」の第1章、特に竹下先生が執筆された「建築計画の構成」をテキストとしています。
建築計画研究は行為と空間、生活と建築の関係性を解明し、建築を機能面から評価し利用に適した計画のあり方を提示するものです。そのため、調査分析は観察を基本とするフィールド調査となります。研究の成果を計画技術とするためには対象の観察によって認識を深め典型事例や先行事例を見極める作業が不可欠であり、多くの時間を要します。短期的な成果の提示は調査主義や改良主義との批判を受けることとなります。このような認識は竹下研での学びや経験から得たものであり、私は建築計画研究に取り組むにあたり研究者としての自身の存在意義を問い続ける必要があると考えています。そのための確認作業の一つが、このゼミを通して建築計画の行為と建築計画学の意義について議論することであり、学生にも建築計画研究室としての姿勢と方向性を理解することで、卒業計画に取り組む意識を高めて欲しいと考えています。
3.研究活動と卒業論文
研究室で取り組んでいる研究テーマは、8年間で少しずつ変化しています。設立当初は、①郊外戸建て住宅地の居住更新に関する研究、②公共建築物の用途転用によるストック活用に関する研究の2つを基軸としました。両研究ともに九州大学在任時から10年以上取り組んでいたテーマであり、福大着任後はテーマを継続しながらフィールドを新たに設定して進めることとしました。郊外戸建て住宅地の研究は、福岡都市圏に位置する1つの都市を選定し住宅団地の開発地区の調査から始め、分析・考察を重ねて1つの戸建て住宅団地を研究対象としました。その後7年間、調査研究を続けてきました。現在も研究室の学生は自治会の夏祭りの出店やイベントに助っ人として参加し団地運営の一端を経験しています。もう1つの用途転用施設の研究は、九州の地方自治体へのアンケート調査から用途転用事例を把握し、様々な視点から対象を絞り転用後の運用段階の利用および空間の変化を分析しています。2つの研究テーマの他にも、敷地の変容に注目した市街地形成史の研究も継続的に行っています。敷地レベルで都市や地域を分析する視点も一貫した研究姿勢であり、研究対象を変えながら継続しています。
最初の3年は継続的なテーマを中心に取り組んできましたが、2011年より少しずつ新たな研究の展望が見えてきました。それが住民主体型、管理・利用一体型の地域施設の研究です。現在、多くの地方自治体では、ビルディングタイプ別の従来型施設整備から地域性を重視した施設体系へ再編が進んでいます。このような地域施設のあり方を考えるため、既存施設を検証し、地域施設の空間計画と運用方法を提示することを目指して研究を行っています。この研究は、地域が運営する最もボトムアップ的性格が強い施設を対象とした研究ですが、一方で、2013年からは公共施設マネジメントにおける施設再編に関する研究を始めました。トップダウンによる施設再編の動向を把握し建築計画の視点から考察するとともに、既存施設の活用手法となっている施設の複合化の計画手法に注目し研究を進めています。具体的には、過去の複合化事例の運用段階の機能変更を調査し、長期利用の視点から複合施設の有効性を検証しています。
4.設計教育と卒業設計
卒業設計は、9か月という長期間で一つの作品に取り組むため、テーマの検討と作品分析、類似施設の計画方法、敷地調査といった作業を重視しています。これまでの卒業設計の内容は集合住宅の提案が最も多く、家族形態の変化や個人の社会化など現代の住宅の課題に取り組むテーマとなっています。その他にも様々なテーマがありますが、全体をみると個人の振る舞いを許容する建築、外部空間の構成や建築の自立性といった都市と建築のスケールを超えようとする提案、生活や空間の変化を組み込んだ時間性を帯びた建築の提案など幾つかの共通性が確認できます。
また、9ヶ月間を卒業設計だけで過ごすのは息切れするので、最初の3か月は卒業設計のコンセプトワークに並行して日本建築学会設計競技等のコンペに応募しています。2010年度から取り組んでおり、この年の応募作品は学部生作品の全国入選であるタジマ奨励賞を受賞しました。
その他の設計教育活動として、2012年に都市再生機構と協同し、UR賃貸住宅団地の屋外リニューアル事業に伴い団地の顔をなるゲートデザインを福大生が行うこととなり、学科内のアイデアコンペを企画しました。その結果、シーサイドももちの2つの団地で福大生のアイデアによるゲート・フォリーが2012年9月に完成しています。
5.これからの活動
現在の研究室活動は卒業計画を軸とした内向きの活動が中心であり、今後は研究以外の外に目を向けた活動を増やしたいと考えています。九州では、8月に各大学の建築計画研究室の教員と学生が集まり1泊2日の交流合宿を行っていますが、学内行事を重なり参加できないことが多い状況です。また、2014年には、北九州市のリノベーションスクールの実践事例の見学会に研究室で参加しました。このようなイベントには今後も積極的に参加したいと考えています。また、学生それぞれの卒業設計の敷地をメンバー全員で訪れて観察するツアーも行いたい活動です。
また、研究室活動を充実するためには大学院生の力が不可欠ですが、まだ少ない状況です。これまで、他大学の大学院に7人が進学しておりそれぞれ活躍していますが、大学院でも引き続き池添研で活動できるように職能教育を含め大学院生が学ぶ場としての体制を整えることが大きな課題です。その他にも研究室の情報発信や研究成果の取りまとめなど、やるべき課題が多く力不足を感じるところですが、学生と向き合って議論しその成果がみえるまで、妥協せずに取り組むことは、これまでと同様に続けていきたいと考えています。
参考文献
1)池添昌幸:池添研究室の6年,福岡大学工学部建築学科創立50周年記念誌寄稿文,2014年
2)池添昌幸:拡がりの建築計画学,第七講座・竹下研究室のあゆみ1989-2013-竹下輝和先生退職記念誌-寄稿文
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