研究室レポート
室蘭工業大学大学院工学研究科「内海佐和子研究室」

内海研の誕生

「え?なんか書くことあんですか?」

これは、私が、「学会から研究室レポートの原稿依頼がきた。」と伝えた時のゼミ生の第一声です。確かに、彼がそう言うのも無理はありません。なにしろ、本稿の依頼を受けたのは、研究室誕生からたった半年しか経っていなかったのですから。

2014年11月に室蘭工業大学に着任した私が運営する「内海研究室」は、2015年4月に誕生し、同月10日に第1期生が配属され、研究室としての活動をスタートしました。

大学の研究室の場合、その研究室の研究テーマに即した名前をつけるのが一般的です。室工大においても、「ランドスケープ研究室」や「構造力学研究室」と称している研究室もありますが、公式にはその制度はありません。逆に禁止もされていないため、「住環境計画研究室」などと自称することは可能です。しかし、我が研究室名は「内海研究室」と愛嬌もへったくれもない、ストレートなまま。自分の名前が看板になっていることに、気後れや気恥ずかしさを感じないでもありませんが、自身の研究テーマが、「ベトナム」が共通キーワードなだけで、その内容が町家の居住空間の変容、景観条例の効果、町並み保存の影響、はては集合住宅の平面計画と多岐にわたっているため、適切な名称を決めきれないのです。

今後の研究の展開も考えると、さすがに「ベトナム建築研究室」ではおかしい。そのため、「内海研究室」のままでいこうと考えています。ゼミ生は、愛称として「うみ研」を浸透させたいようですが、未だ叶ってはいません。

内海研究室第1期生メンバー

内海研究室第1期生メンバー

ゼミと井戸端会議

室工大では、ゼミ生の配属は3年次までの成績確定後の4年生になった4月に決まります。そのため、現在のゼミ生は第1期生の4年生6名のみの小所帯です。

ここで注目すべきは、その男女比です。建築社会基盤系学科の4年生の男女比が7:1であるのに対し、内海研は1:2と女子学生の方が多数。教員以下全員が男性という研究室がいくつもある室工大においては、特異な存在です。ゼミ生の配属が決まった直後、「女子ばっかで、大丈夫っすか?」と他研究室の男子学生に言われました。しかし、女子大学出身で、少し前まで女子大学に勤務していた身としては、質問の意図がわからず、きょとんとしてしまいました。学科創設50周年にして、初で唯一の女性教員であるため、なにかと注目されがちのなか、周りの先生方が気を使って下さることをありがたくも、申し訳なくも思っています。ゼミにおいても、女子学生が多いことによる不都合やトラブルはありません。ゼミ生も、配属を決める際にあった研究室紹介の内容や私のキャリアによって選んだ結果のメンバーであって、女子学生が多数であることには、何の意図もないと言います。

室工大では、卒業研究として卒業論文と卒業設計のどちらか1つを選択するシステムになっていますが、内海研第1期生は論文が4名、設計が2名となっています。論文であっても設計であっても、テーマは基本的に自由。自分の興味に応じて決めることにしています。なぜなら、これまで彼らがやってきた勉強は先人が成した学問を学ぶこと。一方、研究は自分でゼロから新しい何かを見つけ出すこと。そのため、悩みながらもテーマから自主的に探すことが重要ですし、自身で興味を持ったテーマでないと研究に愛着を持ちにくく、1年という長丁場を乗り切れないと考えるためです。

研究室のモットーとしては、「フィールドワークを宗とする」を標榜しています。私自身が94年に、後にベトナムの世界遺産になったホイアンの町並み保存調査に参加して以降、20年以上に渡りフィールドワークを継続して行っている経験から、計画分野の研究においては、「起きている問題を自分の目で確認する」、「現場の空気を肌で感じる」、「現場の生の声を聴く」ことが大切だと考えるようになりました。卒計の学生が現地調査に赴くのは言うまでもありません。しかし、卒論の学生も文献調査やインターネットを用いての調査に留まらず、研究対象地が国内外のどちらであろうと現地調査に行くことを前提としています。

ゼミは、現時点では各自の研究テーマや進捗状況を発表し、それに対して質疑を行い指導するといったオーソドックスなスタイルを採っています。前期は論文、設計の別なく合同で行い、後期に入ると、テーマ別にわけた論文チーム(第1期生は、チームベトナムとチーム室蘭)と設計チームにわかれたチームゼミになり、その後、個別ゼミと進めています。

しかし、「ゼミでは卒業研究の話しかできない。もっと先生と話をする機会が欲しい。」との要望を受け、週に1回「井戸端会議」と称した、ゼミ生との昼食会を研究室で開いています。堅苦しい雰囲気は皆無で、参加も自由。「井戸端会議」の名の通り、一緒にお昼ご飯を食べながらお喋りをするだけですが、北海道初心者の私に、ゼミ生が大学周辺の店舗情報にはじまり、北海道ならではの生活の知恵やマニュアルには載らない学生目線での室工大ルールなどを教えてくれる貴重な時間となっています。

内海研への配属が決まった翌朝、研究室の設営をするゼミ生。スカート姿でも嬉々として机にのぼり、照明の取り付け作業をするあたりは、さすが建築の学生。

内海研への配属が決まった翌朝、研究室の設営をするゼミ生。スカート姿でも嬉々として机にのぼり、照明の取り付け作業をするあたりは、さすが建築の学生。

室工大では3年後期に2つの研究室でゼミを体験するプレゼミを行う。 内海研では4年生と3年生がペアを組み、ハノイ36通りに実在する町家の住環境改善を目的としたリノベーション提案を行う。

室工大では3年後期に2つの研究室でゼミを体験するプレゼミを行う。
内海研では4年生と3年生がペアを組み、ハノイ36通りに実在する町家の住環境改善を目的としたリノベーション提案を行う。

ゼミ生をみて

研究室にカラーと呼べるほどの特徴はまだありませんが、今の第1期生に限ると、良く言えば真面目。悪く言えば世間が狭い。大筋しか指示しなくとも、言われたこと以上のことを自主的にやってくる真面目さはありますが、知的目的で室蘭や大学から出ようとしないのです。

ネット社会の現在、田舎町の室蘭にいても論文検索や書籍の購入は容易です。しかし、講演会やシンポジウムの大半は、札幌までしか来ません。日々、講演会や見学会、他大学との勉強会といった、大学以外でも勉強ができる場が溢れ、どれでも気軽に参加できる環境で学生時代を過ごした身からすると、知的刺激を必要とし、見聞を広めることが不可欠な学生時代に、こういった環境に置かれることは悲しく、厳しいと感じます。ところが、だからといって、この状況に危機感や焦燥感を抱いて出かけるか、というと一向に行かない。札幌どころか市内のイベントすらも、なかなか行こうとしない。近隣に大学がないことも重なり、手近の価値観だけでものを計るため見識が狭く、仲間内でやっているだけなので馴れ合いが多い。悪い意味でこぢんまりと収まっている印象です。

札幌どころか、新千歳空港まで行ってしまえば、東京も大阪も変わらない。交通費がかかると言われてしまえば、それまでです。しかし、人生の一時期にはお金には代えられない体験を必要とする時期もある筈。外界の広さと深さを知ったうえで自分の位置を知り、その刺激をバネとし、より成長する努力を積極的にしてほしい。そのためには、学生を外に引っ張り出す算段を講じようと考えています。

ハノイ36通り地区での景観変容調査の様子。道産子にとって、40℃近い気温の中での調査は辛そうだったが、初めて触れるベトナムは楽しそうでもあった。

ハノイ36通り地区での景観変容調査の様子。道産子にとって、40℃近い気温の中での調査は辛そうだったが、初めて触れるベトナムは楽しそうでもあった。

ハノイ36通り地区での学生によるワークショップの提案発表会で。 2003年から、ハノイ市、千葉大学との協働によりハノイ36通り地区の保存活用研究に取り組んでいる。

ハノイ36通り地区での学生によるワークショップの提案発表会で。
2003年から、ハノイ市、千葉大学との協働によりハノイ36通り地区の保存活用研究に取り組んでいる。

今後

東京にある私立の女子大学の非常勤講師から、地方にある国立の男子学生が大多数を占める大学の常勤教員へ。環境の激変により自分のことで手一杯で、ゼミ生の面倒が後回しになってしまう時もあります。それでも、「ウチの研究室には歴史もない。伝統もない。先輩もいない。物もない。」と研究室紹介で明言したにもかかわらず、わざわざ無い物尽くしの内海研を選び、一緒に歩み始めてくれている彼らを頼もしく感じています。

これまでの私は、対象の幅はあれど、ベトナムの建築や町並みに関する研究しか行ってこなかったといっても過言ではありません。しかし今後は、北海道で、室蘭で、ベトナムだけとはいきません。特に地方大学は、その土地ならではの特色を強く打ち出す必要に迫られています。北海道で、室蘭で、どんな研究テーマを見つけられるのかまだわかっていませんが、裏を返すと、これから宝探しに出かける楽しみがあるともいえます。

第1期生のうち3人が修士課程で残ることが決まっているため、来年度には2学年10人体制となり、その後もじわじわと所帯は大きくなっていくと思われます。研究室の運営はまだよちよち歩きで、たまにこけたりもしています。それでも、学生とやりたいことは盛りだくさん。一緒に宝探しをしてくれる学生と、焦らず着実に取り組んでいきたいと思います。

「室工大の内海先生って、昭和女子大の内海先生のことだったんですね。」つい先月も、ある大学の大学院生にこう言われました。研究室としての実績はゼロ。内海研の知名度も低い。室工大では1年生。これでは、そう言われるのも無理はありません。「室工大の内海研」が定着する日は、いつ来るのか。自分自身、楽しみですが、なにをさておき、今は第1期生を無事に巣立たせることに注力しようと思います。

内海佐和子

うつみさわこ
室蘭工業大学准教授
1966年神奈川県藤沢市生まれ。昭和女子大学大学院博士課程単位満了退学。博士(学術)。専門は建築計画学・住居学・町並み保存とその影響。昭和女子大学非常勤講師を経て、国立大学法人室蘭工業大学大学院工学研究科准教授。主な著書に、『生きている文化遺産と観光』(学芸出版社 2010年)、『フィールドに出かけよう!住まいと暮らしのフィールドワーク』(風響社 2012年)、『ベトナム町並み観光ガイド』(岩波書店 2003年)(いずれも共著)。

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