2015年12月29日
お茶の水 A-Forum
佐伯英一郎
金箱温春
司会
和田章
オブザーバー参加
布野修司 宇野求
2015年12月25日、国土交通省に設けられた「基礎ぐい工事問題に関する対策委員会」[1] による「中間とりまとめ報告書」が公表された。
2014年11月、横浜市のマンションで、L字型に接した2棟の建物のジョイント部で約2 cmの段差があることを居住者が発見、マンション管理組合が三井不動産レジデンシャル(株)に対して指摘して以降、三井不動産レジデンシャル(株)、横浜市の対応、マスコミ報道、そして国土交通省の対応などの経緯については、中間報告書に委ねたい。
同中間報告書は、(1)安全・安心と信頼、(2)業界の風潮・風土、個人の意識、(3)責任体制(発注者、設計者、工事監理者、元請、下請)、(4)設計と施工、その連携、(5)ハードウェア(機械、装置、設備等)という5つの項目について基本的な考え方を整理した上で、明らかになった課題とその背景を(1)発注者、(2)設計者・工事監理者、(3)元請、(4)1次下請、(5)2次下請、(6)3次下請のそれぞれ関連主体について指摘、再発防止策を、1.基礎ぐい工事に関する適正な設計・施工及び施工管理のための体制構築:(1)地盤の特性に応じた設計方法等に関する周知徹底(2)施工ルールの策定と現場での導入等(3)適切な施工管理を補完するための工事監理ガイドラインの策定(4)建築基準法に基づく中間検査における工事監理状況の確認(5)相談窓口の支援、2.建設業の構造的な課題に関する対策:(1)元請・下請の施工体制上の責任・役割の明確化と重層構造の改善(2)技術者や技能労働者の処遇・意欲と資質の向上(3)民間工事における関係者間の役割・責任の明確化と連携強化という項目について委員会提言としてまとめている(図1)。
施工ルールの策定など今後に委ねられた課題がほとんどであるが、そもそも、建築がよって立つ基盤である地盤と基礎の問題をめぐって、建築学そして建築技術のあり方の原点を考えてみたい。
佐伯英一郎氏は、建築基礎杭の開発及び施工に長年関わられ、「支持層不陸」について今回の問題の以前から「見えない杭の品質管理」の問題を指摘してこられた。また、金箱温春氏は構造設計者として、数多くのすぐれた作品の設計に関わられ、2007年の建築基準法制度の改定に対して実務者の立場から意見発信を行ってきており、今回の「基礎ぐい工事問題に関する対策委員会」にも提言を行われている(資料2「杭の設計と施工 現状と提言」2015年11月26日)。
「不陸(ふりく)」-支持層に届いていない杭-ボーリング・データと支持層深度
和田 12月25日に国交省の「基礎ぐい工事問題に関する対策委員会」の中間報告がでました。佐伯さんは「見えない地盤」の問題ということで、杭が支持基盤にちゃんと届いているかわからないということを前から指摘されてきているわけですが、今回の問題をどう考えておられますか。
佐伯 以前から気になっていたことが急に話題になったので驚きました。実は「社会資本整備審議会建築分科会基本制度部会中間報告(案)」に対するパブリックコメントが求められた時、2007年だったと思いますが、意見を出しました(資料1)。「耐震強度偽装事件」が問題だったのですが、建築の「見えないところ」に対する国民の不安と怒りを感じました。安全上最も重要な構造躯体は仕上げ材に隠れて余り見えませんし、鉄筋はまったく見えません、特に「杭」は非常に重要な構造部材であるにもかかわらず、「見えない」ために品質管理が万全であるとは言いがたいと思っていましたので、杭工事に関して至急検討とすべき点を提案しました。建築学会でも杭の鉛直支持力小委員会の成果報告の中で「先端支持杭の支持層管理」の問題を東京と大阪で議論しています。また、地盤工学会にも支持層の不陸が思ったより大きい事実を報告しています(資料3:永田誠、大木仁、佐伯英一郎、桑原文夫「杭の支持層の不陸に関する調査報告」(その1)(その2)(その3) 地盤工学会学術講演会2005、2006)。
和田 建築学会でもいくつか基準とか指針をもっているわけですよね。
佐伯 そうです、色んなものがあります。鉛直支持力小委員会(桑原委員長)の研究活動では、先端支持力については私が担当しまして打ち止めのあるべき姿についても提言しました。、九州の学会大会の基礎PDでパネルディスカッションもしました。「杭の支持層の不陸に関する調査報告」なんですが、その1、その2、その3と3報、出しています。新日鉄でNSエコパイルというクルクル回して入れる回転貫入杭を開発しその施工記録に関するものです。排土がでないので「エコパイル」と言っています。
和田 鋼管杭ですね。今回問題になったのはコンクリート杭ですね。
佐伯 そうですね。今回の杭は穴を掘って杭を挿入するのですが、NSエコパイルというのはクルクル回してネジのように入れるんです。この場合、施工トルク [2]・上載荷重 [3]・一回転あたりの貫入量がリアルタイムで計測できます。「報告その1」の図を見ていただくと、左がN値 [4] と称するボーリング・データ、続いてトルク、貫入量、上載荷重ですが、地盤が固くなるとトルクが大きくなるんですね(図2)。それで支持層管理をして、確認して値入れを確保することを施工管理指針にしてました。
ところが、エコパイルの施工管理記録を基にしたコンター図をつくってみたら、土質柱状図を基にしたコンター(等高線)図と相当違うんです。報告その1の図をみてください(図3)。
Aプロジェクト、Bプロジェクトと2つあります。上がボーリング・データ(N値データ)からつくったもの、下が施工記録データからつくったものですが、随分違います。したがって最初の頃、現場では大変混乱しました。Aプロジェクトは大きな現場で他の工区では他工法の杭が採用され、ボーリング・データに基づいて想定通りの長さで施工が出来たと聞きました。当時は「レベル止め」と言う長さ管理だったんです。我々の現場では、杭を逆回しして杭頭を地上に出して鋼管を継いで入れなおした箇所がかなり出てきました。長さ管理で打った工区の場合、支持層に届いてない可能性があるかもしれないと思いました。
そこで、エコパイルを使った41例について、設計図書に設定された支持層、要するにボーリング・データによる土質柱状図をもとに設定された支持層とエコパイルの施工記録に基づく支持層出現深度を調べて比較をしてみたんです(「報告その2」)。ボーリングは平均的に1000㎡毎に1箇所実施されているんですが、施工してみた支持層深度にはばらつきがあります(図4abcdefgh)。
和田 ひとつのグラフがワン・プロジェクトですか?
佐伯 そうです。縦軸が頻度です。何mの深さで打ち止めた杭がが何本ありました、ということです。図4aですと10mの杭が10本ありましたということです。赤がボーリング・データです。ボーリング・データが1つしかない現場も結構あります。
和田 図4aだとボーリングの深さは11mですね。
佐伯 そうです。この場合、みんな11mだと思って杭の準備しています。そしたら、浅い場合も、深い場合もある。短くて良い場合は切ればいいんですがその当時は所定の深さまで入れるように言われていました。無理やり入れると、杭や機械が壊れたり、時間がかかったり無駄なことが発生しました。
和田 11mがパーフェクトと思ってやってたんですね。図4bは、たまたま平均に近かったんですね。
佐伯 図cはボーリング・データが2本あったケースですが、この場合は、2点を斜めに等高線を引いて、杭の長さを決めるわけです。図4dは、ボーリング・データは2本あったんですが、実際はそれよりかなり深かったんですね。図4gは5本のデータがあったケースですが、このぐらいあると予測精度は高いかもしれません。
和田 必ずしも埋立地だけではないですね。今度の横浜の場合も埋立地ではない。
佐伯 この41例には、全国のマンション、オフィスなど色んな建物種別が含まれています。横浜は支持層深さのばらつきが大きい地域です。「杭の支持層の不陸に関する調査報告」(その3)は横浜のプロジェクトですが、小さな現場ですが7本のボーリング・データをとっています。横浜は杭の長さを予測することが難しく、この現場ではフーチングごとにすべての杭の支持層深さの調査を「ミニエコ」と称する小さい調査用回転杭により行いました。結果は7本のボーリングコンターとも随分違い、ボーリングでは予測できないことが分かりました。
ボーリング調査による支持層深度が全体の平均より浅い場合、図4のdやeですが、「レベル止め」で施工すると杭先端が支持層より浅い深さで止まることになる可能が高いわけで、支持層に未到達というケースが考えられます。逆にボーリング調査による支持層深度が深い場合、安全側に作用するわけですが、当時は「レベル止め」のため、無理に入れることを要求される場合が多く、施工に多大な時間と労力がかかるという問題がありました。
和田 パブリック・コメントは、「社会資本整備審議会建築分科会基本制度部会中間報告(案)」に対する意見ということですが、どんなタイミングだったんでしたっけ。
佐伯 姉歯事件の後で「中間検査のあり方について」だったと思います。杭の施工管理に関してもう少し品質管理を制度化した方が良いのではないか、という提言です。
和田 見えない支持地盤については、ちゃんとやらないといけないということですね。
佐伯 そうです。そういう地盤があるということです。均質の地盤のところももちろんあると思いますが、ボーリング・データだけでは予測できない「不陸」のある地盤も多いということです。お施主さん、設計者、施工管理者にも知ってほしいと思いました。
支持層の設定
和田 今回の国交省の「中間報告」には、そういう問題があるという記述は見えません。金箱さんは意見具申されたんですね。メモによると杭支持の考え方に3つあるということですが。
金箱 僕のメモ(資料2)の前段の話になるんですが、杭には既製杭と場所打杭があって、今回の話は既成杭に限定される話ですね。場所打杭ですと、支持層を確実に把握して深い場合には、鉄筋を長くしてコンクリートを打設して、という対応が可能になります。佐伯さんのお話されたエコパイルは回転貫入杭のひとつの種類です。既製杭には、埋込杭と打込杭と回転貫入杭の3つがあります。昔は、打込杭が主流だったわけですが、1本ずつ現場で打撃時の貫入量を想定しながら支持層へ打ち込んで杭先端の深さを決めますから、杭を打ち終わった現場へ行くと高止まりした杭が地面からばらばらに立ち上がっていて、実際の支持層の深さの違いが出ていました。埋込杭は施工時の騒音や振動が少ないということでその後主流となってくるんですが、埋込杭の場合、だいたい支持層を見極めて穴を掘りセメントミルクを注入し杭を埋め込みますが、杭の支持力は打ち込み杭に比べて小さく抑えられていました。ある時期から杭メーカーが先端支持力を大きくとれる高支持力杭を開発したんです。このこと自体は基本的にいいんですけど、問題なのは、実際の支持層の深さの違いに1本ずつ対応しにくいことです。試験杭については先端部の土を採取して確認することで支持層を確認してやるからいいんですけど、その後に施工する1本1本の杭については、深さの管理やオーガー掘削時の電流抵抗で調べるとい間接的な方法で支持層確認が行われています。埋め込みという原理から所定の深さに杭を施工することが行いやすいのですが、実施の支持層のばらつきに厳密に対応しているとは言えないこともあります。
佐伯さんの説明された回転貫入杭も、ネジのように上から推しつつ回しながら埋め込んでいくんですけど、支持層に届かなければどんどん埋め込まないといけないわけですよね。逆に、所定の支持層に届いたら浅くてもそこで止めてもいい。
和田 回転貫入杭はネジ、打込杭は釘の違いですね。
金箱 杭の種類によって支持層に到達することの確認方法を考えないといけないと思うんです。但し、杭は支持層に届けばいいということではなくて、私のメモでは、先ずそもそも支持層とは何か、ということを述べています。地盤というのは、一般的には、浅いところに柔らかい地盤があって深いところにいくと固い地盤がでてくる。それを支持層とするわけですが、実際は、急に地層が堅くなる場合だけではなく、だんだん硬くなっていくこともありますし、硬くなったかと思うと柔らかくなることもある。さらに30m以上も連続的にやわらかい地盤が続くということもある。例えば、鹿児島のシラス台地では火山灰でできたN値(標準貫入試験の値)が10~20程度の柔らかい地盤が続きます。このような場合、支持層をどこに設定するかということではなく、杭の先端をどの位置に設定し、どの程度の支持力を期待するのかということが問題になります。杭の種類と地盤との関係においてどういうメカニズムで杭が支持されるかをそれぞれ考えていく必要があります。横浜の問題は、杭が堅い支持層で支持できるという設定ですから支持層に到達したかどうかが問題になっているわけです。
杭の支持方式にはいくつか方式があるということをメモ(資料2)の冒頭に書いています。要するに、杭の支持はどのように行われるかということになりますが、杭に作用した鉛直荷重は、先端の地層で支えられるとともに杭と周囲の土との摩擦によっても支えられます。全てが先端の支持層によってのみ荷重を支持するわけではないのです。①荷重を先端の地盤の支持力でほとんど支持する場合、②荷重を先端の地盤の支持力とともに周囲の土との摩擦力によって支持する場合、③荷重を杭周辺と土との摩擦力でほとんどを支持する場合があります。今回の横浜の場合は①に相当します。日本列島全体では様々な地層、地盤があります。それぞれの敷地や建築規模に対応してふさわしい杭の耐力、支持層を考慮しないといけませんそれをどう設定するかが設計の問題です。
大臣認定を受けている杭だからとか、一定の計算式に従っているからということだけで設計としては完結しているという意識が一人歩きするのは問題だと思います。
和田 高支持力杭というのがそもそも問題だということはありませんか。同じ軸力を支持させようとする場合、セメントミルクを流し込む埋込杭先端と断面積でどのくらい違うんですか。
金箱 杭の断面に対して根固め部のセメントミルクの断面積は2倍から3陪ぐらいです。高支持力杭の先端抵抗のメカニズムとしては、先端部で地盤に力を伝える部分の面積が大きくなっているというものです。
和田 地面の下はよくわからないのに、地上部と同じように本数を減らして組み立てるというのは、経済性の追求が優先されているんじゃないか、と思うんですが。
金箱 どんな杭を選ぶにせよ、地盤をどう読むか、どう判断するかです。ただ、地盤調査にはお金がかかります。地盤調査は、建築学会「建築基礎設計のための地盤調査計画指針」によると、地層構成が想定される場合は300~500㎡毎に1ヶ所、地層構成が想定できない場合は100~300㎡毎に1ヶ所行うとされています。これ以外には国交省大臣官房営繕部監修「建築構造設計基準及び同解説」などにガイドラインが示されており、おおよそ同じ程度の調査箇所数が示されていますが、法的に決まっているわけではない。
和田 お金がかかるといっても、地盤調査はちゃんとやるべきですね。
金箱 そうなんですが、法的には決まっていなくて、施主次第ということが現状です。調査の計画段階で設計者と相談して決めることが多いのですが、十分な調査は費用がかかることもあり、必要最小限の提案となります。途中で追加調査が必要と感じた時に建築主に理解してもらうこともたいへんです。
和田 エコパイルなんかの場合は、試験的に細い鋼管を捩じ込んでいけば分かるので、そうお金はかからない?
佐伯 そんなにかからないと思いますよ。
和田 施主に理解してもらって、どの工法を用いるにせよ、設計者が地盤調査を要求する必要があるんじゃないですか。
現場での確認
佐伯 その通りだと思います。加えて、先端支持杭の場合、現場で杭1本1本が支持層に到達したことを確認することは当たり前だと思います。先ほどの金箱さんの話のように、摩擦杭の場合は、長さ管理で良いと思いますが。
和田 横浜の場合の杭をみますと(図5)、ドリルで穴を開けて、杭を挿入して、それからセメントミルクを流して固めるんですよね。こういう埋込杭の場合、摩擦は見込めないんじゃないですか。打込杭の場合は、打つときにきゅっきゅっと入れていくわけですからその摩擦は期待できるんだけど、埋込杭の場合は後からの荷重に対しては摩擦は期待できるけど、引き上げる力に対する摩擦は期待できませんよね。地震なんかの場合、上向きに対する力が問題になるでしょう。
佐伯 各杭とも載荷試験をやって確認しているのでその範囲で摩擦を見込むのはいいんじゃないかと思います。
和田 先端が支持層にに行ってないというとどうなります。
佐伯 週面摩擦力も含めて杭の長期許容支持力は安全率を3を見ており、終局の周面摩擦力は3倍あります。したがって長い杭の場合は、摩擦力に余裕があり、先端支持力にあまり期待しないで良い場合があるかもしれません。むしろ短い先端支持杭の方が先端支持力が重要になりますので支持層に届いてないと問題です。杭の支持力の問題が起きているのは短い杭の方が多いと聞いています。
和田 径と長さの比も問題になるから一概に長さだけじゃないですよね。
金箱 支持層が不陸のあるような地盤では、想定と違っても支持層まで杭を到達させることが必要です。しかし、杭の長さが足りなかったら、追加の発注に2ヶ月かかるので現実的ではありませんし、今回の報道でもそのことが問題視されていました。1mぐらいの深さであれば基礎レベルを下ろせばいいのです。構造計算や確認申請がやり直しになると思うのかもしれませんが、軽微な変更で対応できるはずです。
佐伯 私の経験ですと、基礎を下げることはゼネコンにとっては結構大変なようであまりやりたくないようです。杭は切ったり継いだりも時間と労力がかかり今の制度や施工管理方法ですと難しい面があると思います。
金箱 上の杭を新たに発注すると2ヶ月かかるということですけど、基礎フーチングの下端のレベルを下げればいいんですよ。
和田 基礎を伸ばせばいいといってもそう簡単じゃない、計算をやり直さないといけないから、と言ってるひともいますよね。ぎりぎりで設計するということはやめたらいい。つなげないということはないんでしょう。既成杭の端部には鉄板があるので溶接すればいいんだから。
佐伯 部品を作れば繋げます。しかし、今は部品がないと思います。短い部品が。
和田 確かに! 既成コンクリート杭にはプレストレスが導入されていますが、1mや2mの短い長さでは上手にプレストレスは導入できません。
金箱 事後の対応が難しければ事前に考えておけばよく、地層には多少の「不陸」があると想定される場合には想定した支持層深さに対して長さ+1mの杭を用意しておいて、現場で対応できるようにすればいい。但しこういう考え方だと“不経済だ”、と言われることは予想されますけどね。
佐伯 支持層確認するためのオーガーの電流値というのは以前からあったんですけど、他にも必要なパラメーターがあります。回転トルクが電流値と相関し地盤の固さを表します。このトルクは杭を上から押さえる力(場合によっては引っ張る力)を大きくすると、同じ地盤でも大きく(小さく)なります。ですから、きちんとやるんなら押さえる力(引っ張る力)とトルク(電流)を両方測定して、きちんと管理をしないといけないんです。深度も正確に測られていない場合も以前は見受けました。「押さえるとトルクが上がる」というシステムでは駄目だと思います。そのあたりのことは最近の基礎の専門誌でも取り上げられています。
大臣認定と設計
和田 金箱さんが、大臣認定を受けている杭だからいい、ということではないと言ったけど、全くそうなんですよね。
金箱 ただ少し誤解があるのは、杭の大臣認定には杭の支持力の計算式や施工者が決められていますが、詳しい施工方法は決められていないのです。それぞれの現場で杭が所要の耐力を発揮するように、施工での調整は必要です。
和田 大臣認定というと、施主は安心するかもしれないんだけど、現場のことが設計者に理解されていない。姉歯事件がありました。横浜のマンションの工事はちょうどその頃ですが、姉歯事件の原因はお墨付きのコンピューター・プログラムを用いればいい、ということに発端があります。設計者も大臣認定のソフトを使っていればいい、審査する自治体や審査機関も大臣認定であればいい、ということになった。免振の東洋ゴムの問題も、大臣認定ということで関係者は安心して、設計者は製造現場を知らない、切れるまでの実験を要求しないし、出荷テストのデータもきちんとチェックしない、といったことになるんです。設計者はカタログやマニュアルを見て設計していて、現場を知らないで図面の線を引く、大事な部分が他人任せになり、現場と設計が離れてしまうんです。
金箱 今回のことでゼネコンの方の話を聞きましたが、ゼネコンの場合、場所打杭だと自分たちで全部管理するという感覚がありますが、大臣認定の杭ですと、メーカーも限定されていることもあり、自分たちは書類確認でいいと思う雰囲気がある、というんです。
和田 大臣認定で安心することがなければ、すべての責任は関係者に戻ると感じるから、もう少し真剣にやるということでしょう。
佐伯 場所打ち杭の場合はゼネコンも管理するが既成杭だと杭屋がやる、という役割分担は、確かにありますね。杭屋自身がきちんとやらないといけないのは当然ですが、設計事務所やゼネコンにも当事者意識が必要だと思います。
和田 設計者も杭屋メーカーに全部任せてしまうこともある。杭だけでなく、天井だってサブコン任せで、設計者から現場はどんどん遠くなっていってる。何かあるたびに、仕様や規定、計算式だけが複雑になって、サブコン・メーカーしかわからなくなってる。「制振構造」のシンポジウムがあって、これわかんないから手伝ってください、どなたが発言し、メーカの方が我々がしてあげると応えたら、昨年亡くなった構造設計の大御所の山口昭一先生が、お前達、何馬鹿なことをいうんだ、自分で考えろ!と怒られたのです。みんな手伝っちゃうから駄目ですね。
金箱 今回の「中間報告」で、一番違和感があるのは、施工管理、施工者のシステムが一番問題で、工事監理者が確認するということが強調されており、設計者と現場は切り離されている、関係ないということが前提になっているということです。地盤のことは最後は現場で確認し、そこで設計が完結すると考えることが必要かと思います。
見えない構造
和田 今度の「中間報告」には、建築界の体制のことと杭の支持層到達の確認については振れられているんだけど、地震の場合などを想定した問題点は指摘されていませんね。
佐伯 そうですね。支持層への確実な根入れと先端の形状はそれにも関わります。地震で液状化が起こった場合や杭に上下の繰り返し荷重がかかった場合、杭周辺の摩擦が切れることや摩擦力が低下することもあり得ます。安全率は、短期で1.5みているんですが地盤によっては充分に余裕があるとは言えないかもしれません。
和田 阪神淡路大震災の時にも問題になりましたね。場所打杭の施工中にコンクリートが固まる前に水道(みずみち)があり地下水が流れていて、見えない地盤の中で鉄筋と砂利だけの切れてる杭があるらしい、安全率はみているといっても、確かめられないのは問題ですね。建築界の下請け構造も見えない部分があるんだけど建築構造にも見えない部分がある。
金箱 そうなんです。私の事務所で関わったプロジェクトで、都内の現場で埋め込み杭の施工をしたところ、水道があって、どうしても打てないということで杭の場所を移したことがあります。東京でも地面の下はいろいろあります。
佐伯 発注者が官の場合でも、杭の支持層確認や品質管理の重要性について理解している人は少ないと思います。したがって施工後の杭工事の「精算」の必要性が定着していないと思います。ゼネコンもお施主さんがお金を精算してくれないから、杭業者に追加の支払いが出来ない、ということも起きているかもしれません。だから「レベル止め」が一般的になっていたのかもしれません。
和田 無理やり入れてそろってるのはいいんだけど。日本列島にはいろんな地盤があるわけだし。継げばいいわけでしょう。ただ、短いプレストレストコンクリート杭は意味がない。難しいですね。
金箱 そういう地盤の複雑さや杭の設計・工事の難しさが建築主を含めて一般に分かってもらえるといいんですけどね。建築界でもあんまり知られていないことも問題ですね。
佐伯 学会の委員会で問題にして、シンポジウムを行ったり、アナウンスしたりしたんですけどね。
金箱 土の中のことは、施工してみるまでわからないことが多いです。ですから、地層が不確かな場合は十分な地盤調査が必要で、建築主に調査をお願いします。ただ、構造設計者が直接クライアントに言う機会というのは、多くなく意匠設計者を介することがある。意匠設計者も意識を持つことが必要です。土のなかのことが建築の出来栄えにあんまり関係ないと思われているとしたら問題ですね。
佐伯 「不陸」についても、みなさんが実態を知ることが大切だと思います。データを集めてみんなが真実を知れば、変わっていくと思います。
金箱 ただ、繰り返しますけど、先端支持杭だけじゃないということも知ってもらわないといけないですよね。
佐伯 ヨーロッパは超高層でも摩擦杭を使っています。摩擦杭も有力な工法で、場所、場所によって適切な杭とその施工法を選定すべきと思います。
和田 そうですね。地震のことを考えても、自然の力をもう少し的確に把握することに努力し、自然を尊重することをアピールしないといけませんね。地面の下について、また、建築の見えない構造について、情報をオープンにしていく。地域がそれぞれ違うように、地面の下についてもそれぞれ違う。場所に即して、現場に立脚して、設計しようということでしょうか。
(文責 布野修司)
資料1 「社会資本整備審議会建築分科会基本制度部会中間報告(案)」に対する意見
中間検査対象項目の見直しの提案
佐伯英一郎 2006年
今回の耐震強度偽装事件は建築の「見えないところ」に対する国民の不安を生じさせています。安全上最も重要な構造躯体は仕上げ材に隠れて余り見えませんし、鉄筋はまったく見えません。こうしたものへの国民の信頼回復が急務であると思います。
このような観点から、「中間検査の対象項目の見直しと実施方法」についてもう少し議論し、具体的方針を打ち出すべきであると思います。特に「杭」は耐震の観点から非常に重要であるにもかかわらず、「見えない」ために品質管理が万全であるとは言いがたい状況にあると思います。
現在、私は「回転貫入杭(商品名:NSエコパイル、以下エコパイルと称す)」に関係する業務を担当しています。杭工事に関して至急公的検査対象とすべき点を二点提案します。
1. 先端支持杭の支持層管理と支持層への根入れ
エコパイルは施工中に発生するトルクと深度の関係を全数記録しながら支持層判定をし、その後所定の根入れを確認して打ち止めています。その結果、支持層には相当な不陸がありボーリングデータだけでは推定できない地盤も数多くあることが判明しました。この事実はまだ一般的には認知されていないかもしれません(文献1参照)。
打撃杭の時代は一本一本支持層管理をしていたのに反し、現在の埋め込み杭は支持層管理が充分に行われているとは言い難いと思います。したがって根入れについて管理されているか定かではありません。いくつかの埋め込み杭工法の施工報告書を調べてみましたが、ボーリングデータをもとに決定した長さ管理であると思われます。掘削の際のオーガー(掘削刃)の駆動電流値(地盤の固さをあらわす指標)は添付されていますが、不明確な物が多く、かつ時間との関係で表されているため支持層管理の報告にはなっていません。したがって支持層に届いていないものも無いとはいえないと思います。
先日、拡大根固め工法の施工状況を見る機会がありました。オーガーの電流値はオーガー先端が支持層に到達すると明確に上がります。深度が測定できるセンサーを取り付ければ一般的な地盤であれば充分に管理できると思います。
支持層確認方法は制度化し、公的検査対象にすべき重要なアイテムであると考えます。
2. 現場造成杭の杭体及び根固め部の形状
上部構造の躯体は中間検査対象となっています。それに対して杭工事は杭本体や根固め部の形状確認の手法が余りにも間接的であると感じています。ある大手GCの現場で既存場所打杭の掘り出しに立ち会う機会があり、先端の状況を確認しましたが、所定の形状とは程遠い物でした。根固め部についてもいろいろ問題が指摘されています。
現在は超音波等を使った非破壊検査方法が大変に進歩しています。杭体及び根固め部の形状も中間検査対称にすべきではないでしょうか。
文献1)永田誠、大木仁、佐伯英一郎、桑原文夫:杭の支持層の不陸に関する調査報
告(その1)、(その2) 地盤工学会学術講演会2005
資料2 杭の設計と施工 現状と提言
2015.11.26 金箱温春
杭工事の施工記録のデータ偽装・流用が行われていたことが明らかとなったが、このようなことはあってはならないことであり再発防止策は必要である。また事実は定かではないが、データ偽装があった建物において杭が支持層に到達しておらず安全性に疑問があるということが報道されている。設計長さどおりの杭の施工が行われていたことと適正な杭の施工が行われることの話が混同されている。建物にとって安全な杭をつくるために必要なことは何かを冷静に考える必要がある。工事の監視体制を強化すれば済むといった短絡的な対策ではなく、設計・施工のそれぞれのあり方や役割を考えてどのようにして杭工事が合理的に安全に行えるかを考えることが肝要である。
以下に、杭の設計・監理・施工に関しての現状と改善提言(アンダーライン)を述べる。
1)杭の支持方式の種類 -支持層とはなにか-
杭が鉛直荷重を支持するメカニズムにはいくつかの種類がある。
杭に作用した鉛直荷重は、先端の地層で支えられるとともに杭と周囲の土との摩擦によっても支えられるもので、全てが先端の支持層によってのみ荷重を支持する杭ではない。
杭が鉛直荷重を支持するメカニズムには典型的な形式として下記のようなものがある。
①荷重を先端の地盤の支持力でほとんど支持する場合
柔らかい地層が続き、下部にかなり堅い地層がある場合。今回の横浜の杭。
②荷重を先端の地盤の支持力とともに周囲の土との摩擦力によって支持する場合
ある深さから地層が徐々に堅くなっていく場合には、大きな摩擦力が発揮できる。
摩擦力を発揮しやすいように節を設けた杭を用いることもある。
この場合には、ある深さを支持層として明確な決められないこともあるし、先端の地盤は強固な層ではないこともある。
③荷重を杭周辺と土との摩擦力でほとんどを支持する場合
かなり深いところまで堅い地層がない場合には、ほとんどを杭と周辺の土の摩擦によって支持する杭を用いることがある。
この場合には、先端支持層は定義できない。杭先端深さを決めることができる。
2)地盤調査・杭の設計
設計に先立ち地盤調査が行われる。
地盤調査は、建築学会「建築基礎設計のための地盤調査計画指針」などに基づき計画される。それによると、地層構成が想定される場合は300~500㎡毎に1ヶ所、地層構成が想定できない場合は100~300㎡毎に1ヶ所行うとされている。
これ以外には国交省大臣官房営繕部監修「建築構造設計基準及び同解説」などにガイドラインが示されており、おおよそ同じ程度の調査箇所数が示されている。
地盤調査結果に基づき、地盤の状況と上部の建物の重さによって杭の種類や支持形式、長さなどを決める。
土の中は一様であるとは限らず、同じ敷地内で複数の調査を行った際に地層の状況が一様でないことがあり、そのような場合には杭の支持層もしくは杭先端として想定する地層の深さは位置によって異なることもある。
この場合には、同じ建物で杭の先端深さを変えることが必要となる、地盤調査を行っている箇所が限られているので、それらの中間の場所では地盤調査結果から地層構成を推定し、それぞれの場所での杭の長さを決める。必ずしも想定と実態が一致するとは限らないという難しさがある。
地盤調査は設計とは別に発注されることが多いが、調査計画には構造設計者が関わるべきである。
支持層が傾斜していることや地盤の不均一性が想定される場合は調査箇所を標準より増やす必要があり、調査の途中でも必要があれば追加調査を行う。
支持層が傾斜していることや地盤の不均一性が想定される場合は、杭長さの設定や許容支持力において余裕を見込み、施工時の調整ができるようにしておく。
3)試験杭
施工開始時には試験杭や試験堀を実施する。試験杭は実際の杭を利用して行う。
試験杭の本数は定められたものがないが、地盤調査が行われた付近で行うこと、支持層が傾斜していることや地盤の不均一性が想定される場合は箇所数を増やすことが一般的である。
杭先端付近の地層をサンプリングし地盤調査内容との整合を確認する。
同じ施工方法の杭でも地盤の状態により掘削のスピードや電流計の表示は異なる。対象とする地盤に対して、掘削時の抵抗や地盤と電流との関係を確認する。
工事監理者は試験杭には必ず立ち会う。構造設計者も立ち会うことが望ましい。
4)杭の施工
掘削を伴う杭の施工においては電流により土層の締まり具合を確認できるが、それだけで支持層を決定するのではなく、作業員が感じる掘削に伴う抵抗の感覚も判断材料となる。
支持層が傾斜していることや地盤の不均一性が想定される地盤での工事において、想定深さで支持層に到達しない場合は、杭施工者→元請施工者→工事監理者→構造設計者という情報伝達が必要。深さ2m程度までであれば支持層まで杭を深く施工し、基礎を深くすることで対応する。杭の変更をせずに対応できるので工期の問題は生じない。
1)で述べた荷重を支える形式の②、③の場合には地盤調査や試験杭で把握した地層状況を見極め所定の深さまでの施工を確認する。
工事監理者は試験杭には必ず立ち会うがその他の杭については立会いを行わないことが多い。
支持層が傾斜していることや地盤の不均一性が想定される地盤での施工に際しては、支持層が想定と異なる場合に付いての方策をあらかじめ決めておくことが必要である。
発注者が要望するのであれば、工事監理者は全ての杭の施工に立ち会うことになるが、費用は別途考慮すべきである。
5)施工報告書
施工報告書は、一次的には杭施工業者が作成し、が最終的には元請け施工者の責任で作成し、工事監理者が確認する。
デジタルレコーダーなど記録が残しやすいような機器を開発すべきであるが、現状では現場で輝記録が残せなかった場合の対応をルール化しておく
委員は、委員長深尾精一(首都大学東京名誉教授)、副委員長小澤一雅(東京大学大学院工学系研究科教授)、委員大森文彦(東洋大学法学部教授・弁護士)、蟹澤宏剛(芝浦工業大学工学部教授)、時松孝次(東京工業大学大学院理工学研究科教授)、中川聡子(東京都市大学工学部教授)、西山功(国立研究開発法人建築研究所理事)、古阪秀三(京都大学大学院工学研究科教授)、升田純(中央大学大学院法務
回転軸のまわりの力のモーメント。「ねじりの強さ」
杭頭部に作用させる押込み、引抜の力
N値 N-valueとは、標準貫入試験(JIS A 1219)によって求められる地盤の強度等を求める試験値で標準貫入試験値とも言う。「質量63.5±0.5kgのドライブハンマーを76±1cm自由落下させて、ボーリングロッド頭部に取り付けたノッキングブロックを打撃し、ボーリングロッド先端に取り付けた標準貫入試験用サンプラーを地盤に30cm打ち込むのに要する打撃回数」。
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