研究室レポート
東北工業大学工学部建築学科 石井研究室
現場(フィールド)から学ぶ

自身の研究テーマ

介護・福祉施設の建築計画研究が専門です。これまで一貫して、特に認知症を患った人や介護を必要とする人のための施設や住宅の計画・研究を行ってきました。研究で扱う施設種別でいうと、「特別養護老人ホーム」、「認知症高齢者グループホーム」、「小規模多機能型居宅介護」、「サービス付き高齢者向け住宅」といった施設・住宅が主な対象となります。それらの場が「人が暮らす場所として」また「人生最後の時間を過ごす場として」どのようにあればよいのかを追求しています。

東日本大震災直後は被災した福祉施設の被災実態調査に取り組みました。大がかりな調査でしたが震災の実態と貴重な記録を留めることができました [1]。復旧期には応急仮設住宅の一形態である「福祉仮設住宅」についての調査研究も継続してきました [2]。復興期のここ数年は、高齢化が進む被災地域における災害公営住宅と、そこでの福祉連携のあり方検討について日本建築学会会員としての立場で関わってきました。

現在は、看取りの場としての特別養護老人ホームの実態と施設計画のあり方について調査研究を進めています。このテーマは23年前に実施した修論でのテーマなのですが、20年という歳月を経て、社会や施設の状況が大きく変化したなかでどのような変化や課題があるのかをあらためて探ろうとしています。

また20年来、北欧、とりわけフィンランドの福祉施設や住宅についても大きな興味と関心を持ち、調査研究の対象としています。当然ながら国の歴史や文化、価値観といったものが社会保障・福祉政策に与える影響は大きく、その結果として施設や住宅、高齢者自身の意識や暮らし方のあり方があります。北欧の姿や状況を通して見ることで、日本の特徴をより明確し、その中での課題や可能性も見えてきます。

以上のようなことをテーマとしながら、「建物の計画・設計につながる重要な情報は現場と社会の中にある」ということをモットーに自身の活動、また研究室での活動を行ってきています。

私の研究の原点〜現場から学ぶこと

今から25年前、卒論時に末期のがん患者のための医療施設「ホスピス」を対象に調査研究を行いました。「ホスピス」とは、人が死を見つめる場所でもあり、また生きる場所でもあります。出身地の浜松に日本で最初のホスピスがあったため、そこで調査がしてみたいと思い始めたものでした。

調査は、ボランティアとして2週間にわたって通い、ホスピスという施設(場・環境)が患者、医療・看護スタッフ、また家族にとってどのような場所であるのかを、実際の患者さんの生活、その中での空間の使われ方から学ぶ(参与観察調査)というものでした。

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卒論時の観察記録資料(ホスピスチャペルの使われ方場面)

特に何人かの患者さんとは、思い出に残る時間を過ごしました。数か月ほど経ったころでしょうか。お世話になった看護師さんから一通の手紙をいただきました。私が車いすを押して散歩を毎日ご一緒していたご老人が亡くなったという連絡でした。お子さんもお孫さんもいなかった彼にとって私と過ごした時間がとても嬉しく、楽しい時間だったと話していましたよ、という内容でした。短い時間をご一緒させていただいただけですが、そんな思いを抱いて下さっていたことが本当に嬉しかったことを思い出します。

その調査での研究的成果はさておき、調査を通して人と出会い、その人と時間と空間をともにして生きる場(空間)の意味や価値、そのあり方について多くの事を学びました。現場で感じ、知ることの醍醐味、その大切さを教えてもらいました。

また、思い返せば当時は調査をするにあたり、とても多くの本を読んで勉強したことを覚えています。がん患者の手記、がん患者の心理、ホスピスの理念や歴史、文化人類学と人の死…おおよそ「建築」とは関係のない本でした。「建築」という異質な立場で医療施設の中に入り、患者さん、医師・看護師、ご家族と関わるにあたって必要な常識や基礎的な知識・情報を身につけなければ、という思いで努力したことを思い出します。

当時は「建築」からどんどん離れていくような勉強をしている自分自身に疑問を持ったものですが、今にして思えば、実は建築学や建築計画学の本質を肌で感じ、まさに「建築」に近づいて行った貴重な体験だったのかもしれません。

研究室の活動〜自身の目で見て感じることを大切に

施設計画研究をしていると、空間のあり方を追求すればするほど、空間は人間を取り巻く暮らしの環境の一要素でしかないことを思い知らされます。同時に人間にとって空間の果たす役割の大きさ、特に心身が弱くなった時の空間の意味やその役割の大きさを改めて考えさせられたりもします。

このようなことをリアルに見せて感じさせてくれるのが現場ですから、自身の研究でもそうですし、ましてや研究に取り組む研究室の学生にも、現場から多くのことを学びとってもらいたいと考えています。

現場だからこそできる経験(見る・感じる)

現場だからこそできる経験(見る・感じる)

現場だからこそできる経験(聴く・話す)

現場だからこそできる経験(聴く・話す)

東北工業大学建築学科では、残念ながら大学院に進学する学生はほとんどいません。学部で卒業し、就職してゆく学生にとって卒業研究とはどのような意味を持つものなのか、研究指導をしながらいつも迷い、悩みます。とは言え、研究は研究です。卒論だからこの程度でよい、というものでもなく、やるからには研究の本質、研究の厳しさと楽しさ、一つの事実を見つけ出すことの苦労やそのための手順、その成果を的確に表現するための言葉や手法を教えなければならないと考えています。

また、学生にはなるべく多くの「チャンス」を与えることを心がけています。自ら自主的・意欲的に行動できる学生は多くありません。しかし、与えられたチャンスには真面目に向き合い、そこからいろいろなことを感じて吸収することができる素直さはあります。

自身の目で見て感じることが後々(いつかどこかで…)大きな力なること、特に卒業研究に取り組む大学4年生での経験は人生の中でもとても重要であることは、自身の経験でも十分に分かっていますので、可能な限り施設・建物に足を運んで現場で知ることができるような機会を設けるようにしています。施設でのボランティア活動に研究室で関わったりもします。

現場だからこそできる経験(設計者・運営者から学ぶ)

現場だからこそできる経験(設計者・運営者から学ぶ)


福祉仮設住宅でのボランティア活動

福祉仮設住宅でのボランティア活動

私が受けるさまざまな外部受託の調査研究にも学生を関わらせます。大規模なアンケート調査が多いのですが、外注すれば確実性もあり早く仕上がるデータの入力作業や報告書作成の作業を学生にやってもらうこともあります。大きな研究の中で、どのように調査が行われ、データを集め、まとめられていくのか、その成果がどこにつながっていくのか、それぞれ断片的ではあっても研究というものの一端を感じとることもできます。

平面図の分析調査(読む・解く)

平面図の分析調査(読む・解く)

経験のない学生に、実質半年程度で論文を書かせるというのは大変な作業です。私自身である程度調査を企画・主導し、指導しなければ何も進みません。しかし、何から何までこちらでやってしまったのでは、学生のためにもなりません。どのような調査でも、最初のアレンジだけこちらで行い、その後の調査の具体的実施に向けての施設側との打ち合わせなどは、出来る限り学生自身に行わせるようにしています。電話でのやりとりや打ち合わせ、調査時の職員対応、調査後のお礼や論文完成後や卒業の報告などを通して、社会経験を積むことになり、マナーなども身に付いていきます。

学部を卒業して社会に出る当研究室の学生たちにとっては、研究論文で成果を出すということ以上に、調査を通してしか得られない社会経験を積むことが、何よりも貴重なのではないかと思いますし、調査研究を通してそれができるところも建築計画研究のよいところかと思っています。

おわりに

研究室を希望する学生の多くは、「高齢者=福祉=バリアフリー(彼らが考えるバリアフリーは単純に手すりを付けたり、段差をなくすこと)」に興味をもって当研究室にきます。しかし、そのような話は研究室ではほとんどしません。本を読んで自分で勉強すればできることをわざわざ研究室でやる必要はないと考えています。もちろんバリアフリーも大切ですし、その知識を持った上での話ですが、学生にはそこに暮らす人の動きや気持ちを知り、創造力を働かせながらその人の生活を広い視野でとらえ、理解した上で空間・建築に興味を広げ、さらにその空間をとりまく人のつながりや文化・社会制度などを含めた広い意味での環境づくりに興味を持ち、考えられるようになってほしいと思っています。研究室で経験したこと、学び身につけたことが、将来、いつかどこかで役に立つ、ふと思い出す、そんな経験になればと願っています。

2015年の年末、中国建築学会での高齢者建築研究委員会の設立記念式典に参加し講演する機会をいただきました。その中で、私や仲間、学生とともに取り組んできた現場(フィールド)での調査研究の成果について報告しました。講演後、多くの方が、とてもよい講演だったとコメントくださいました。特に人の暮らしや行動を丁寧に観察し、そこにある事実、人と空間との関係を紐解く計画研究に大きな関心を示して下さいました。中国でもこのような丁寧な研究が必要だ、とおっしゃって下さった研究者の言葉は大変うれしいものでした。

少子化もあり大学が置かれる状況は厳しいものがあります。特に東北地方は全国の中でも深刻な状況で、学生確保と定員維持は容易ではありません。おかげさまで、東北工業大学で学びたいという強い思いと目標を持って入学してくれる学生がまだ多くいることはありがたいことです。近年、入学試験で面接をしていると、大震災での経験を通して、また身近な町々の被災やその後の姿をみて、地域の復興に貢献したいという思いを語る高校生に多く出会います。そんな若い高校生を見ながら、あらためてここ東北地方で建築を教える意味や意義を自身で問い直しているところです。

  1. 石井敏、三浦研、井上由起子ほか:東日本大震災における高齢者施設の被災実態に関する調査研究(平成23 年度厚生労働省老人保健事業推進費等補助金), 日本医療福祉建築協会, 2012.3, http://www.jiha.jp/press/hisai-chousa.pdf 

  2. 石井敏ほか: 災害時における「福祉仮設住宅」の整備・計画ガイドおよび資料集(平成24~26年度科学研究費補助金基盤研究(C)福祉仮設住宅を用いた高齢者・障害者のための仮設施設の現状と課題に関する研究(研究課題番号:24560757)), 2015.3, http://www.tohtech.ac.jp/~archs/ishiis/report201503.pdf

石井敏

いしいさとし
東北工業大学教授
1969年生まれ(浜松市出身)。建築計画・施設計画・環境行動研究。1995年東北大学学院博士前期課程修了、1997年〜2000年ヘルシンキ工科大学大学院留学、2001年東京大学大学院博士後期課程修了、2001年より東北工業大学工学部建築学科講師、2010年より現職。
1995年日本建築学会優秀修士論文賞、2001年日本建築学会奨励賞など。主な著書にグループホーム読本(共著)、小規模多機能ホーム読本(共編著)、施設から住まいへ−高齢期の暮らしと環境(共著)など。学術論文も多数あり。

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