建築思想図鑑 第3回
ルネサンスの理想都市
Ideal city in Renaissance

幾何学的秩序と軍事的要請が組み合わさって生まれた「理想」の都市

<ルネサンスの理想都市>
ルネサンス期のイタリアは、フランス、ハプスブルク君主国、オスマン・トルコといった強国に囲まれていた。その脅威も意識しつつ、建築家たちはルネサンス的秩序に軍事的合理性を結びつけながら理想都市を描いた。
 
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15世紀後半から16世紀のイタリアにおいて、フィラレーテ、マルティーニ、スカモッツィといった建築家らが多数の「理想都市」を考案した。多くは正多角形の頂点に三角形の稜堡が突き出した星形要塞と呼ばれるもので、内部の道路も放射状、格子状など幾何学形状で構成された。この頃、研究や翻訳が進んだ古代ローマの建築家ウィトルウィウスの『建築書』で円形・放射状プランの都市が推奨されていたことも、これらの理想都市案に大きく影響を与えた。
 
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背景にはルネサンス期の新しい秩序を求める動きもあったが、軍事的な要請も次第に強くなっていった。どういうことだろうか?中世の都市は高い城壁と円形の塔で防御したが、大砲の出現によって容易に破壊されるようになった。円形の場合、隣の塔からの援護射撃が及ばない死角もできる。そこで城壁は低く厚くなり、稜堡は死角を消すため角形になった。隣同士の稜堡が相互に援護していくと、正多角形の都市ができる。援護する火器の射程距離が一辺の長さに制限をもたらすため、要塞が大きくなれば頂点が増える。実現された例として、イタリア北東部にある正九角形の都市パルマノヴァが知られている。
 
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当時、西洋は大航海時代に入り、宗教改革が巻き起こった。アメリゴ・ヴェスプッチの旅行記『新世界』(1503)に触発され、トマス・モアが『ユートピア』(1516)を著すなど、人々は現実の社会への不満を強く感じつつ、視野を大きく世界に広げていった。「理想都市」はそのような変革の時代にこそ生み出された。なお18世紀後半以後、社会改良主義と結びついた「理想都市」が新たに出現する。こうした動きは、近代的都市計画の萌芽にもつながっていく。


関連作品

ヴォーバンの防衛施設群(写真はフランスのアルザス地方にある要塞ヌフ=ブリザック)
ルネサンスの理想都市の軍事的側面を理論的に洗練させたのが、フランスの軍事技術者セバスティアン・ル・プレストル・ド・ヴォーバン(1633-1707)である。ヴォーバンによる数々の要塞のうち12件が2008年にまとめて世界遺産に登録された。なお、日本の五稜郭もこれらの延長上にある城郭である。

Wikipedia「ヌフ=ブリザック」より。Neuf-Brisach 007 850.jpg by Norbert Blau

Wikipedia「ヌフ=ブリザック」より。Neuf-Brisach 007 850.jpg by Norbert Blau


関連文献

– Vitruvio, De Architectura Libri X (a cura di salino, F.), Roma, Kappa, 2002(邦訳:ウィトルーウィウス(森田慶一訳)『ウィトル-ウィウス建築書』東海大学出版会、1979(初版1969))
– Thomas More, Utopia, 1516/1967, trans. John P. Dolan, in James J. Greene and John P. Dolan, edd., The Essential Thomas More, New York: New American Library(邦訳:トマス・モア(平井正穂訳)『ユートピア』岩波書店(岩波文庫)、1957、トマス・モア(澤田昭夫訳)『ユートピア』中央公論社(中公文庫)、1978、改版1993)
– Helen Rosenau, The Ideal City: Its Architectural Evolution in Europe, Routledge and Kegan Paul, 1959(邦訳:ヘレン・ロウズナウ(西川幸治監訳、理想都市研究会訳)『理想都市:その建築的展開』鹿島出版会、1979)
– 黒川紀章『都市デザイン』紀伊国屋書店、1994(初版1965)
– Colin Rowe, Fred Koetter, Collage City, MIT Press, 1978(邦訳:コーリン・ロウ、フレッド・コッター(渡辺真理訳)『コラージュ・シティ』鹿島出版会、1992)
– 中嶋和郎『ルネサンス理想都市』講談社、1996
– 日端康雄『都市計画の世界史』講談社、2008
– 白幡俊輔『軍事技術者のイタリア・ルネサンス―築城・大砲・理想都市』思文閣出版、2012


建築に関わるさまざまな思想について、イラストで図解する「建築思想図鑑」では、古典から現在まで、欧米から日本まで、古今東西の建築思想を、若手建築家、建築史家らが読み解きます。イラストでの解説を試みるのは、早稲田大学大学院古谷誠章研究室出身のイラストレーター、寺田晶子さんです。

この連載は、主に建築を勉強し始めたばかりの若い建築学生や、建築に少しでも関心のある一般の方を想定して進められますが、イラストとともに説明することで、すでに一通り建築を学んだ建築関係者も楽しめる内容になることを目指しています。

イラストを手助けに、やや難解な概念を理解することで、さまざまな思考が張り巡らされてきた、建築の広くて深い知の世界に分け入るきっかけをつくりたいと思っています。それは「建築討論」に参加する第一歩になるでしょう!

約2週間に1度、新しい記事が更新されていく予定です。また学芸出版社により、2017年度の書籍化も計画中です。

「建築思想図鑑」の取り組みに、ぜひご注目下さい。

松田達:文

1975年石川県生まれ。建築家。1999年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。隈研吾建築都市設計事務所を経て、パリ第12大学パリ都市計画研究所にてDEA課程修了。2007年松田達建築設計事務所設立。東京大学先端科学技術研究センター助教を経て、現在、武蔵野大学工学部建築デザイン学科専任講師。作品に《JAISTギャラリー》ほか。受賞にDSA空間デザイン賞、いしかわインテリアデザイン賞石川県知事賞ほか。著書に『ようこそ建築学科へ!』(編著)、『建築系で生きよう。』(編著)ほか。

寺田晶子:イラスト

イラストレーター
茨城県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学大学院修士課程修了。
広告や雑誌の挿絵、建築サイン、企業/店舗のVIのイラスト・デザイン等を手がける。
<主なイラスト掲載>
雑誌『新建築住宅特集』、戸田建設広報誌『TC』、書籍『ようこそ建築学科へ!』(学芸出版社)、書籍『図解 東京スカイツリーのしくみ』(NHK出版)、東急ハンズ店内壁画(ライブペイント)、錦糸町駅ビルテルミナ壁面装飾・広告、「京都梅小路・みんながつながるプロジェクト」メインビジュアル など

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